雨が視える僕と太陽が視える君
九戸政景@
本文
「……あ、あの人どしゃ降りだ。何かあったのかな?」
バスの車内。前の座席に座る人を見ながら呟いた。その人の中にどしゃ降りの雨に打たれる姿が見え、他の人も程度こそ違いはあれど色々な雨が見えた。やっぱりみんなそれなりに雨を降らしているんだろう。
「……まあ、僕には関係ないけど」
その人達から目を反らして僕はワイヤレスイヤホンをつけて音楽を聞き始める。悲しみの雨音を聞きたくないから。
「……いつからだったかな、こんな風に心の雨が視えるようになったの」
ネットアニメのキャラクターソングを聴きながらポツリと呟く。僕は周りの人達の心に降る雨を認識出来る。そうじゃない場合もあるけど、大体の場合、心の雨はその人の悲しみを示しているようで、ただ視えるだけならまだいいけど雨音まで聞こえたらその人の悲しみはだいぶ強いものだと判断出来る。これまでの経験でそこまではわかっているんだ。
「……それがわかったところで、僕に何が出来るってわけじゃないけど」
僕は一介の高校生に過ぎなくて、カウンセラーの人みたいな事が出来るわけじゃない。だから誰かが悲しんでいてもそれをどうにか出来ないし、これが視えるのは僕だけだからそれを誰かに言おうものなら変な奴だって思われるだけだ。だから僕は他人の雨から目を反らすのだ。
「どうして、どうして僕にだけこれが視えて、どうして僕だけ自分の雨が視えないんだろう……」
いくら鏡を見ても僕には僕の雨が視えない。占い師は自分の事だけは占えないと聞くけれどそれと同じなんだろうか。見えたところで意味はないけれど、何故視えないのかは不思議で仕方なかった。
「……あ、そろそろ降りるバス停だ」
家の最寄りのバス停が近付いて降車ボタンを押す。バスが止まった後に定期券をタッチしてから降車した後、僕は歩き出す。色々な人の雨から解放されて正直ホッとしている。
「……さっきのどしゃ降りの人、あのまま心がぐちゃぐちゃになるのかな」
ふとそんな事を思った。土に水を注ぎすぎるとドロドロになって、そこに植えていた植物の根が腐ってしまうように心に強い雨が降り続けると、心がぐちゃぐちゃになってその人が少しずつ変色していってそのまま衝動的に行動を起こしてしまうようだ。僕はこれを心の根腐れと呼んでいて、そうやって衝動的に行動を起こしてそのまま不幸な目にあった人を何人も見ている。
「……でも、心配したって仕方ないよ。僕に何か出来るわけじゃないから」
消極的な考えなのかもしれない。でも何も出来ないのは間違いないからそれでいいんだ。そんな事を考えながら僕は家に向かって歩く。そしてもう少しで家というところまで来たその時だった。
「うっ……!?」
突然の豪雨が僕の耳を襲う。実際に豪雨が降っているわけじゃなく、誰かの心の中に豪雨が降っていてその雨音がイヤホンから聞こえてくる音楽をかき消すレベルで聞こえてくるのだ。
「い、いったい誰が……」
僕が周りを見回していたその時だった。
「あ、キミ」
突然後ろから声をかけられる。振り返るとそこには同じ高校の制服を着た女の子が立っていた。表情はにこやかだったけれどその子の心はその子が見えないくらいの雨が降っていてこんな雨の中でも笑っていられるのは不思議だった。
「キミ、は……?」
「キミの太陽、なんだか翳ってるね。大丈夫?」
「え?」
その子の言葉に疑問を抱いていると、その子は太陽のような笑みを浮かべながら口を開いた。
「私、周りの人の心の太陽が視えるの!」
それが、雨が視える僕と太陽が視えるその子の関わりの始まりだった。
雨が視える僕と太陽が視える君 九戸政景@ @2012712
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