第29話 いつか言えたら(2)
地面に落ちていた石を手にすると、その石でランプを破壊する。
「ルナリア!? 逃げろと……」
大きな音をたて、ランプのガラスが割れて中の火が消える。
敵はレジェスの剣に押されていて、いつでも殺せる私は後回しでいいと判断したのか、無視された。
ターゲットはあくまでレジェス。
私はその隙に小さな体を生かして、すばしっこく木々と草の隙間に滑り込み、ランプを破壊していく。
気づけば、庭は暗闇となり。闇はレジェスの姿を隠した。
「ルナリア、よくやった!」
闇の中でも視力を失わないレジェス。
剣が閃き、暗殺者たちが次々と倒され。あっという間に形勢は逆転した。
――強い。レジェスは夜の女神だけじゃなく、戦いの神にも愛されていると思う。
絶対的な強さと圧倒的な力の差で、敵をものともしない。
「レジェス様! 増援が!」
「どうやら、兄上たちは本気で俺を殺すつもりらしいな」
敵の数は増えるいっぽうで減る様子がない。
レジェスの三人の兄たちは焦っている。
王になるのがレジェスだと思っている証拠だ。
私になにかできたらいいのに、逃げて隠れるしかない自分がもどかしい。
――そうだわ。フリアンを呼べばなんとかなる!
レジェスと同等の剣の腕を持つフリアンなら、レジェスを助けられる。
そう思って、草の茂みから顔を出すと、そこには人がいた。
「ルナリア。悪い子だね」
「フリアン様!」
「僕たちが眠るのを待って抜け出すなんてよくないよ」
フリアンは戦いになると予想していたのか、手には剣があった。
レジェスの剣とは違う細いタイプの剣を抜く。
鋭く早い剣がフリアンの持ち味で、レジェスより軽い剣を使っている。
レジェスだけだと油断していた暗殺者たちは、フリアンを見て動揺するのがわかった。
「レジェスが見てくると言ったから任せたけど、戻ってくるのが遅いから、なにをしているのかと思ったよ……」
フリアンはため息をついた。
「君の周りはいつも騒がしいね」
こんな時でもフリアンは優雅だった。
「人を集めると言ってくれ」
「集めなくていい人間を集めてどうするんだよ」
「おい、フリアン。俺は遊んでいるわけじゃないぞ。加勢しろ!」
「わかってる」
レジェスと対等な剣の腕を持つと言われていたフリアン。
そして、私の剣の先生でもある。
だから、その強さを私は知っている。
フリアンが剣を抜けば、レジェスの優勢は確実だ。
地面に次々と敵が倒れていく。
「おい、お前ら。全滅したくないのであれば逃げろ。ただし、逃げても兄上のところには戻るな。殺されるぞ」
忠告を受け、逃げていった者をレジェスは追わず、黙って逃がす。
それを見た暗殺者たちは一気に数を減らし、姿を消した。
――すごい。剣術だけじゃなくて、駆け引きもうまいわ。
それに戦い慣れている。
暗闇の中でも見える宝石みたいな紫色の瞳。
その瞳が今は不思議に思えた。
敵がいなくなると、フリアンは血をはらい、剣を鞘に戻す。
その仕草はとても優雅だった。
でも、私に向けた顔は怖かった。
「ルナリア」
「は、はいっ!」
「君にしては、らしくないことをしたね。どれだけ心配したかわかるかい?」
いつも優しいフリアンだけど、今回ばかりは違った。
「心配かけてごめんなさい」
「ここはアギラカリサ王宮なんだ。自由に動いていい場所じゃない。わかってるだろう?」
「はい……」
「レジェスだけならともかく、ルナリアまで無茶をしたら、僕の心臓がもたないよ」
フリアンは私に怪我がないか確認し、ホッと安堵の息を吐く。
「本当にごめんなさい……」
「いいよ。けど、次はちゃんと僕を起こしてから行くこと。ほら、部屋に戻ろう?」
フリアンは微笑み、私の頭をなでて手を繋ぐ。
レジェスも一緒に部屋に戻るのだろうと思ったら、私たちを眺めてなにも言わず、黙って剣を鞘に戻した。
「あの……。レジェス様も一緒に部屋へ戻りましょう?」
私が声をかけると、レジェスは少しだけ微笑んだ。
「俺は血を落としてから戻る。さすがにこの格好で明るい場所には戻れない」
返り血に濡れた顔と手、服は暗闇ではわかりづらいけれど、明るいところで見ると、凄まじい姿だと思う。
「お前が血で汚れる。フリアンと先に戻っていろ」
フリアンに手を引かれ、その場を後にした。
部屋までの道は、すごく遠く感じた。
フリアンがずっと無言で、怒っているのがわかったからだ。
「フリアン様……。私にすごく怒ってますか?」
「ルナリアじゃなくて僕自身に怒ってる。レジェスが迎えに行くのを止めずに、一人で行かせたことを後悔してた」
責任感が強くてまじめなフリアンは不安なのか、私の手を強く握った。
なにかあれば、責められるのはフリアンだ。
「私、もっと強くなって心配かけないようにします」
「どれだけ強くなっても心配だよ。ルナリアは僕の大事な……」
そこから先、フリアンがなんと言ったか聞こえなかった。
部屋の前で待っていたティアの声によって、打ち消されたからだ。
「ルナリア様っ! どちらにいたのですか!? ティアがどれだけ心配したかっ!」
「ティア……あの、その……」
「言い訳は聞きません! まあっ! こんな泥だらけになって! 頭に葉っぱをつけてるじゃありませんかっ!」
――一番怖いのはティアかもしれない。
夜中だったにも関わらず、ティアはお湯を調達し、私の手足や顔を洗って、寝間着を着替えさせた。
もちろん、その間中、お説教が続いていたけれど、疲れた私はうとうとしながら聞いていた。
私がベッドに放り込まれた後もレジェスは部屋に戻らず、どこへ行ったのかなと思いながら、睡魔に負けて眠ってしまったのだった。
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