第22話 狙われた命(1)
私の旅の支度|が終わると、レジェスはすぐに出発した。
ティアは『こんな急では新しいドレスも間に合いません! あんまりです!』と怒っていた。
――ティアには悪いけど、ドレスどころじゃないわ。
交渉を成功させなかったら、王家への国民の不満は高まり、無駄に高いスパイスと紅茶を購入し続けるハメになる。
光の巫女に頼った財政事情は深刻だ。
国民からの王家への信頼の証が、神殿への寄進である。
セレステが光に巫女になるのは四年後の十七歳のこと。
私が十六歳の時。
つまり、まだ貧乏は続くということだ。
――ここで私が成果をあげれば、お父様も話を聞いてくれるようになる。頑張らなくちゃ!
アギラカリサ王国行きのチャンスを作ってくれたレジェスに感謝である。
でも、レジェスは私を牢屋に放り込む予定だけどね……
「うん? ルナリア。今、俺を見て難しい顔をしなかったか?」
「えっ!? き、気のせいです!」
レジェスは私を前にのせて、馬を歩かせている。
フリアンは白い馬だったけど、レジェスは黒毛の馬を好んでいるようだ。
「悩みがあるなら言ってみろ」
――言えるわけない。
四年後、私を牢屋に入れるのは、あなたなんですなんて。
レジェスは優秀で頼りになるし、信用できる。
手紙をやりとりするくらい仲良くしてもらえるなんて思っていなかったから、四年後を考えると胸が痛む。
このまま、嫌われずにいられたらいいのに……
「アギラカリサに初めて行くので、少し緊張しているだけです」
「そうか?」
レジェスが婚約するのは、セレステに決まっていることを忘れてはいけない。
物語の中でも変えられるものと変えられないものがある。
私がレジェスにセレステと婚約してほしくないと思っていても、物語の強制力によって、二人はきっと婚約する。
「やっぱり元気がないな。腹が減ったか?」
「そんなことないです! 今日は天気が良くて気持ちがいいですね!」
勘のいいレジェスをかわすため、天気の話で慌てて誤魔化した。
「ルナリア様にとって、これが初めての旅ですから、緊張されるのもわかります。私も国外へ行くのは久しぶりですし、アギラカリサ王宮に入るのは初めてです」
シモン先生は長い銀髪を結び、旅装姿で馬に乗っている。
眩しそうに目を細め、青い空を見上げていた。
――シモン先生が一緒に来てくれて本当によかった。
シモン先生の存在は、私の心の支えとなっている。
小説『二番目の姫』の物語に登場していないシモン先生がいてくれると、なんとなく安心するのだ。
でも、私のせいで、シモン先生は巻き込まれ、王位継承争いが勃発している危険なアギラカリサ王宮へ行くことになってしまった。
「シモン先生、ごめんなさい。私が勝手に名前を出してしまったせいで……」
「ルナリア様の判断は正しかったと思いますよ。あなたはしっかりしているように見えますが、まだ十二歳。もっと大人を頼ってください」
「シモン先生……」
一瞬、泣きそうになった。
シモン先生は急に決まったことなのに、すぐに旅の準備を整え、一緒についてきてくれた。
私からいきさつを聞いたのは出発した後だった。
「いいんですよ。私もずっと国の財政が気がかりでした。王を止められなかった無能な宰相に責任があります」
シモン先生は正直で、さらっと上司(宰相)を無能呼ばわりした。
文官たちはアギラカリサの思惑に早いうちから気づいていて、上司である宰相に進言していた。
でも、お父様がノリノリだったから、宰相は不興を買うのが嫌で止めなかった。
その結果がコレである。
「これがうまくいけば、オルテンシア王国とマーレア諸島の間に繋がりができる。レジェス殿下に感謝します」
有能な人間には優しいシモン先生は、レジェスには友好的だった。
「礼を言うのは早い。マーレア諸島の人間は扱いにくい」
「アギラカリサ王家ほどではないでしょう」
シモン先生の言葉に、レジェスが振り返った。
私を前に乗せているから、それほど早く馬は走れない。
馬車よりも少し早いくらいの速度だ。
けど、レジェスは私を馬に乗せて馬車を使わなかった。
「図書館の管理人だと聞いたが、他国に詳しいようだな?」
「いえいえ、そんな。それほどでもないですよ。それより、レジェス殿下は王位継承戦に勝つつもりでいるのですか?」
「負けるのは好きではない。ルナリアが俺よりお前を信頼してるのも気に入らない」
「えっ!?」
――今のはどういう意味? もっと信頼されたいってこと? それとも私がレジェスを心から信頼してないって言いたかったの?
レジェスは言って前を向く。
「レジェス殿下は若いですねぇ。ルナリア様と馬に乗る権利を譲ってさしあげたでしょう?」
「譲った?」
レジェスがさらにムッとした。
「ルナリア様のそばに、いつもいる私と違って、たまにしか会えませんしね」
「なれなれしくないか?」
――あ、あれ? 今度は、なんだかギスギスしてる?
気が合いそうな二人だと思っていたけど、そうでもないようだ。
「ルナリア様より一つ上の妹を亡くしております。母親は違いますが、とても可愛らしく、優しい妹でした。だから、どうしてもルナリア様を他人とは思えないのです」
レジェスは理由を聞いて、しばし黙った。
シモン先生に私より一つ上の妹がいたなんて知らなかった。
笑っていたけれど、悲しげにうつむいたシモン先生の表情から、とても可愛がっていたのだろうとわかる。
――社交的なセレステと違って、私には貴族令嬢のお友達がいないから、どんな子だったかわからないけど、シモン先生と似ているなら美人なはず。
そんな子と私が似てるだなんて、申し訳ないくらいだ。
でも、私もシモン先生は、お兄様みたいだと思っていたから、妹のように思ってくれているとわかり、とても嬉しい。
「そうか。だが、ルナリアと馬に乗るのは譲らないからな」
「ええ、どうぞ」
余裕たっぷりなシモン先生に、レジェスはやっぱり面白くなさそうだった。
「あのっ、レジェス様。マーレア諸島の商人はどんな人たちですか?」
「会えばわかる。お前はそのままでいい」
それは私への信頼だった。
私のそばにいるティアやシモン先生、レジェス、フリアン――優しい人たちばかりだ。
それなのに、私は小説『二番目の姫』の本当のストーリーを知っているから、いつ冷たく突き放されるのかと思って信じきれずにいる。
「ん? なんだ? 俺の顔になにかついてるか?」
「いえ……」
――あとどれくらいみんなと一緒にいられるのかな。
いずれやってくる別れを考えてしまう。
もちろん、これはレジェスにだって相談できないし、シモン先生にも言えない。
「ルナリアは時々、十二歳とは思えない顔をする。俺が頼りないから、悩みを相談できないのか?」
「違います。これは、その……」
私が否定しようとした瞬間、レジェスに抱き締められた。
――えええええっ!?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます