第20話 二番目じゃない私に(1)
『貴国に珍しいスパイスを安く譲ってやろう。料理がうまくなる』
『香りの良い紅茶がある。手頃な値段で紅茶が飲めるぞ』
レジェスの兄たちは、いかにもお父様の興味を引く言葉で、三年前に誘ったのだ。
たしかにその時は破格の価格で、とても安かった。
けれど、それは期間限定の割引セール。
まさか数年後、価格が数倍以上になるとは、お父様は予想していなかった。
もちろん、私は止めたけど、子供の言うことだと鼻で笑い飛ばされてしまった。
レジェスからの手紙とアギラカリサ王国の王位継承争いの激化で、なにか裏があると思っていたからだ。
お父様が九歳だった私の話を聞くわけもなく、説得に失敗した私は高くなっても買うしかないと諦めた。
――でも、これで頭打ちの最高値だと思ってたのよ! 今でさえ高値で、さすがにこれ以上は値上げしないだろうって考えてたのに!
さらに釣り上げてくるなんて、レジェスの兄たちはよっぽど腹黒い。
というか、人がどれだけ苦しもうが、知ったことではない人間。
私の予想以上にレジェスの兄たちは非道だ。
「どうしたらよいのだ……」
お父様は途方に暮れていた。
たとえるなら、甘い砂糖の味を知ってしまった人間が、それを我慢できるかどうか……
――塩味だけのチキンは辛いわ。肉の臭みもとってくれるし、スパイシーな味がなくなるなんて、私だって耐えれない!
事情がわかる私でさえ、こうである。
それくらい人々の生活に、マーレア諸島のスパイスは馴染んでしまっていた。
やっと事情がわかって慌て出したお父様と青ざめた顔のお母様。
お父様がノリノリでスパイスと茶葉を大量に購入し、国民にも手軽に使える値段で売りさばいていた頃、レジェスの兄たちが笑っていたかと思うと腹が立つ。
――悔やんでいてもしかたないわ。次の行動に移らないと、状況が悪化するだけよ。
「お父様。国民に楽しみを与えようとしたお父様の気持ちはわかります」
「ルナリア! そうだろう!? ちょっと美味しいものを食べられるようにしてやりたかったのだ!」
お父様は涙目で、がっかりしているのがわかった。
政治が苦手なお父様は、国民からあまりよく思われていない。
だから、ちょっとカッコいいところを見せてやろうと思って、新しい風を取り込んでみたのだ。
新しい風も吹いたけど、今となっては逆風に……
お父様はズーンと沈んでいて涙目だ。
「兄上は利益を得るためならなんでもする。以前から、俺を通さず取引はしないほうがいいと忠告していたはずだ」
「申し訳ない……」
どうやら、レジェス様からも止められていたらしい。
「しかし、民は喜んでくれた……」
お父様が言うように、誰もが楽しめるスパイスと茶葉は当たり前のように使用され、あっという間に広がった。
レジェスの兄は広まるのを待っていた。
オルテンシア王国全土に行き渡り、生活に馴染んだ頃、一気に取引価格を上げたのだ。
需要を高めるだけ高めて、値上げしたため、儲けも大きかったことだろう。
そして、味をしめてさらに値を釣り上げる。
――まるで時限爆弾みたいな罠。
倍の値段で取引し、値上げ分を利益にする。
レジェスの兄たちは、オルテンシア王国から搾取した利益で富を得て、王位継承戦を優位にするつもりだ。
与えられた領地を豊かにさせた王子が、次のアギラカリサ王になるから、どんな汚い手だって使ってくる。
「かわいそうなお父様! なんて卑怯なの!」
セレステが涙を浮かべ、お父様に寄り添う一方、私はそんな気になれなかった。
お父様の判断ひとつで、オルテンシア王家の立場は厳しいものになる。
「わかっていると思うが、兄上は情で動く人間ではない」
「う、うむ……。何度も交渉したが厳しくてな……」
お父様の声が小さくなり、空気が重くなった。
どうやら、お父様なりになんとかしようとしていたようだ。
「兄上の考えを変えるのは難しい。ならば、マーレア諸島と直接取引するしかない。そのためにルナリアを連れていき、マーレア諸島の要人と交渉させるつもりだ」
「レジェス様。ルナリアは十二歳。いくらなんでも無理ですわ」
セレステの冷たい目が、私に向けられる。
私からも無理だと言え――そんな圧力を感じた。
これが、セレステの本当の姿だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます