第20話 二番目じゃない私に(1)

『貴国に珍しいスパイスを安く譲ってやろう。料理がうまくなる』

『香りの良い紅茶がある。手頃な値段で紅茶が飲めるぞ』

 

 レジェスの兄たちは、いかにもお父様の興味を引く言葉で、に誘ったのだ。

 たしかにその時は破格の価格で、とても安かった。

 けれど、それは期間限定の割引セール。

 まさか数年後、価格が数倍以上になるとは、お父様は予想していなかった。

 もちろん、私は止めたけど、子供の言うことだと鼻で笑い飛ばされてしまった。

 レジェスからの手紙とアギラカリサ王国の王位継承争いの激化で、なにか裏があると思っていたからだ。

 お父様が九歳だった私の話を聞くわけもなく、説得に失敗した私は高くなっても買うしかないと諦めた。

 

 ――でも、これで頭打ちの最高値だと思ってたのよ! 今でさえ高値で、さすがにこれ以上は値上げしないだろうって考えてたのに!


 さらに釣り上げてくるなんて、レジェスの兄たちはよっぽど腹黒い。

 というか、人がどれだけ苦しもうが、知ったことではない人間。

 私の予想以上にレジェスの兄たちは非道だ。


「どうしたらよいのだ……」


 お父様は途方に暮れていた。

 たとえるなら、甘い砂糖の味を知ってしまった人間が、それを我慢できるかどうか……


 ――塩味だけのチキンは辛いわ。肉の臭みもとってくれるし、スパイシーな味がなくなるなんて、私だって耐えれない!


 事情がわかる私でさえ、こうである。

 それくらい人々の生活に、マーレア諸島のスパイスは馴染んでしまっていた。

 やっと事情がわかって慌て出したお父様と青ざめた顔のお母様。

 お父様がノリノリでスパイスと茶葉を大量に購入し、国民にも手軽に使える値段で売りさばいていた頃、レジェスの兄たちが笑っていたかと思うと腹が立つ。


 ――悔やんでいてもしかたないわ。次の行動に移らないと、状況が悪化するだけよ。


「お父様。国民に楽しみを与えようとしたお父様の気持ちはわかります」

「ルナリア! そうだろう!? ちょっと美味しいものを食べられるようにしてやりたかったのだ!」


 お父様は涙目で、がっかりしているのがわかった。

 政治が苦手なお父様は、国民からあまりよく思われていない。

 だから、ちょっとカッコいいところを見せてやろうと思って、新しい風を取り込んでみたのだ。

 新しい風も吹いたけど、今となっては逆風に……

 お父様はズーンと沈んでいて涙目だ。


「兄上は利益を得るためならなんでもする。以前から、俺を通さず取引はしないほうがいいと忠告していたはずだ」

「申し訳ない……」


 どうやら、レジェス様からも止められていたらしい。


「しかし、民は喜んでくれた……」


 お父様が言うように、誰もが楽しめるスパイスと茶葉は当たり前のように使用され、あっという間に広がった。

 レジェスの兄は広まるのを待っていた。

 オルテンシア王国全土に行き渡り、生活に馴染んだ頃、一気に取引価格を上げたのだ。

 需要を高めるだけ高めて、値上げしたため、儲けも大きかったことだろう。

 そして、味をしめてさらに値を釣り上げる。


 ――まるで時限爆弾みたいな罠。


 倍の値段で取引し、値上げ分を利益にする。

 レジェスの兄たちは、オルテンシア王国から搾取した利益で富を得て、王位継承戦を優位にするつもりだ。

 与えられた領地を豊かにさせた王子が、次のアギラカリサ王になるから、どんな汚い手だって使ってくる。


「かわいそうなお父様! なんて卑怯なの!」


 セレステが涙を浮かべ、お父様に寄り添う一方、私はそんな気になれなかった。

 お父様の判断ひとつで、オルテンシア王家の立場は厳しいものになる。


「わかっていると思うが、兄上は情で動く人間ではない」

「う、うむ……。何度も交渉したが厳しくてな……」


 お父様の声が小さくなり、空気が重くなった。

 どうやら、お父様なりになんとかしようとしていたようだ。


「兄上の考えを変えるのは難しい。ならば、マーレア諸島と直接取引するしかない。そのためにルナリアを連れていき、マーレア諸島の要人と交渉させるつもりだ」

「レジェス様。ルナリアは十二歳。いくらなんでも無理ですわ」


 セレステの冷たい目が、私に向けられる。

 私からも無理だと言え――そんな圧力を感じた。

 これが、セレステの本当の姿だ。

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