第14話 私(五歳)の婚約者候補

 ――物語の強制力に逆らえないの?


 眩しい太陽を見上げた。

 雲ひとつない快晴が恨めしい。

 私の目の前には、笑顔のフリアンがいる。

 フリアンは今日も王子様みたいで、青の乗馬服がとても似合っていた。

 私も乗馬服に着替え、基礎的な運動から始めることになった。


「ルナリア。よろしく」


 ――フリアンは悪くないわ。それに、馬に乗れないと困るし、剣術だって必要よ。


 婚約破棄される未来は、ひとまず横に置いておくことにした。


「よろしくお願いします」


 真面目な顔で挨拶をすると、フリアンが爽やかな笑みを浮かべて私に言った。


「最近のルナリアは大人みたいだ。急に成長してしまったみたいで寂しいな」

「ルナリア、五歳だから、お姉さんになろうと思って!」


 急に成長したと言われ、焦りながら五歳のふりをする。

 自分では五歳のつもりだけど、やっぱり演じ切れてない。

 とりあえず、笑って誤魔化しておいた。


「ルナリアは偉いね」

「え、えらい?」


 なにかやらかしただろうかと、フリアンを見る。

 

 ――うわ! イケメン!


 フリアンの笑顔が輝いていて眩しい。

 金髪に青い目、乗馬服を着たフリアンはまさに王子様。

 さすがヒロインの初恋相手で、未来の婚約者ポジションだけあって、キラキラは人並み以上。

 ま、まあ、婚約してもすぐに婚約破棄されるんだけどね……ズーン。

 ルナリアが十六歳になったデビュタントの日、二人は婚約発表をするんだけど、ルナリアはセレステに負けるのが嫌で、ド派手な演出と大勢の人を呼ぶ。


『お姉様のデビュタントより豪華でしょ!』


 でも、ルナリアのデビュタントにはセレステも参加していて、美しい姿で人々を魅了したのはセレステだった……

 そして、婚約者のフリアンが見ていたのもセレステ。

 婚約破棄の予兆はすでにあったのだ。

 

 ――盛大に婚約発表をやったあげくの婚約破棄なんて、つらすぎるわ!


 婚約破棄の後、セレステ暗殺騒動が起きる。

 セレステの婚約者となったレジェスに捕まり、牢屋に放り込まれて、闇の力の暴走。

 ざっくりした流れはこうだ。


「ルナリア? 暗い顔だけど、どうかした? まだ具合が悪い?」

「え、えーと! わぁ。天気がよくてよかったぁ~! ルナリア、運動だーい好き!」


 わざとらしかったかなと思いながら、暗い顔をごまかすために、はしゃいでみせた。


「じゃあ、今日は馬に乗ってみようか。危ないから、僕と一緒にね」

「ルナリア、剣とか弓も使えるようになりたい!」


 それを覚えておけば、身を守れるかもしれないからだ。

 フリアンはそんな目論見が、私にあるとは知らず、ただの好奇心だと思っているようで笑っていた。


「そうだね。ルナリアはまだ小さいし、少しずつ覚えていこう。まずは、馬に慣れるところからだよ」


 フリアンの馬が庭につないである。


 ――うわっ! 王子様設定だけあって、馬は白!


 すごく白馬が似合う。


「ほら、ルナリア。僕の馬に乗ろうか」


 これは憧れの二人乗り!

 イケメンすぎるフリアンと二人で馬に乗ったら、ルナリアがイチコロなのもわかる。

 セレステに嫉妬もするわよ。

 白い馬に乗ったフリアンはまさに物語に出てくるような理想の王子様である。 

 バックに薔薇の花の幻影が見えそうだ。


「おいで。ルナリア」

「う、うん」


 ティアや侍女たちの手を借りて、フリアンの馬に乗せてもらう。

 

 ――あっ……、思ってたのと違う。 

 

 ちょこーんと前に座った私は幼稚園児さながら。

 抱っこされた子供である。

 絵面が悲しいことになっている。


「まあ! お二人ともとてもお似合いですよ!」

「まるで恋人みたい!」


 ――恋人? どう贔屓目ひいきめに見ても子守をしてくれているお兄ちゃんよ!


 ティアたちは気を遣って、私の気持ちを盛り上げようとしているのがわかる。


「フリアン様とルナリア様の将来が楽しみですね」

「きっと美男美女になるわ」


 私とフリアンを恋人同士にしたいのか、外野の応援がすごい。

 これは物語の上ではルナリアの初恋相手との結婚かもしれないけど、冷静な目で見ると、王家と公爵家の政略結婚である。

 冷めた目でティアたちを眺める。

 あの様子からいって、婚約の話は内々に出ているのだろう。


『ルナリアとフリアンを結婚させたらどうかね?』


 まあ、お父様はこれくらいの軽さで言ったに違いないけど、ティアたちは私が嫌がらないように洗脳していく作戦だ。


 ――フリアンと婚約なんて、ぜっーたいダメ!


 このままじゃ、フリアンと婚約からの婚約破棄コース確定、闇の力が暴走のホームラン。

 それだけはなんとしてでも避けたい。

 そんなことをグルグル考えていると、フリアンが申し訳なさそうな顔で私に謝った。

 

「ルナリア、ごめんね」

「え?」


 フリアンは馬をゆっくりとした足取りで歩かせる。

 なぜ謝られたかわからず、聞き返してしまった。


「君はまだ五歳なのに、僕の父上が婚約を申し込んだんだ」


 ――ひっ、ひえっ! やっぱりぃ~! でも、お父様じゃなくてフリアン側からなの~!?


 思わず、叫びそうになった。

 

「る、ルナリア、五歳だよ? 五歳だから、まだ早いよ!」

「わかってるよ。でも、ルナリアも知っておいたほうがいいって思ったんだ」


 フリアンの顔はどこか悲しそうに見えた。

 もしかして、すでにセレステにラブだとか……あり得る。

 

「僕とルナリアだけじゃなく、レジェスもセレステ様も大人に振り回されている。でも、レジェスは冷静だ」

 

 フリアンの浮かない顔から、セレステに片想いしているというより、公爵家の息子として、プレッシャーを感じているのだとわかった。

 一人息子で優秀ときたら、親の期待も人一倍……ううん、百倍くらいかもしれない。


 ――でも、これでわかったわ。私とフリアンだけじゃなくて、レジェスとセレステの婚約話も出てるってことが。


 王族と貴族の結婚なんて、自分たちの意思や意見は無視されて当たり前。

 家と家、国と国の都合で決められる――それが当たり前なんだろうけど、いくらなんでも若すぎる。

 だって、私はまだ五歳(中身は違うけど)。


「僕は真剣に考えて悩んでいるのに、レジェスは笑い飛ばしてた。どうして、あんなふうに笑えるのか、僕にはわからないよ」


 フリアンは争いを好まず、周囲を気遣う。

 それに、とても真面目で王国貴族は王家を守るべきという考えを持っている。

 だから、王家の決定には逆らわないだろう。

 自分の意思を押し通すレジェスとは正反対だ。


「レジェスが僕と友達になった理由もわからない。僕たちは違いすぎる……」


 レジェスとフリアンは友達で、とても仲がいい。

 だから、レジェスはフリアンに『レジェス』と呼ぶことを許し、対等に接している。


「フリアン様とレジェス様が同じだったら、お友達になれないと思う。違うからお友達なんじゃないかな……?」

「違うから友達か……。うん、そうだね。レジェスはすぐにケンカするし……」

「止められるのは、フリアン様だけだと思う! レジェス様は自分を褒めるだけの人より、ちゃんと叱ってくれる人が欲しいって思ってるから!」

「うん、そうか。そうかも。僕でちょうどいいのかもしれないね」

 

 しっかりしてるけど、フリアンはまだ十二歳。

 悩みも十二歳らしいものだった。

 庭を何周かすると、フリアンとの乗馬は終わった。


「それじゃあ、また」


 笑顔で手を振るフリアンに、私も笑顔で手を振って別れた。

 仲良くしないで距離を置こうと思ったけど、それは難しいようだ。

 きっと私が遠ざけようとしても、物語の強制力によってフリアンと離れられない。


 ――うーん……。ヒロインの婚約者だし、さすがに無関係でいられないわね。


「はぁ……(どうしたらいいの)」

「まあ! ルナリア様! ため息なんてついてどうしたんですか?」

「フリアン様との乗馬は楽しかったですよね?」

「とても素敵でしたよ!」


 侍女たちがはしゃいでいるのを冷たい目で見てしまう五歳児――それが私。

 

 ――みんな、のんきなんだから。

 

「これから午後の勉強時間ですが、ルナリア様はお疲れのようですね」

「シモン先生!」


 私の希望の光。

 小説『二番目の姫』では登場しなかったイレギュラーなキャラ。

 シモン先生が現れた。

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