第11話 裏の顔(7)

「お父様。ルナリアが可哀想だわ。赦してあげて」


 私が頼んだ時と違って、お父様の厳しい顔つきが優しいものに変わる。


「しかし……」


 それでも渋るお父様を見て、私は泣きそうになった。


 ――私が二番目だから、お願いを聞いてもらえないの?


「ルナリア、泣くな」

「れ、レジェス様?」


 私の顔を覗き込み、レジェスは『平気だ』という代わりに微笑んでみせた。 

 

「悪いのはルナリアではない。セレステは俺がいたから気を遣い、ルナリアを散歩に誘った。俺がいなかったら、なにも起こらなかったはずだ」


 セレステは笑顔のままだったけれど、こわばった笑みを浮かべていて、さっきまでのセレステとは違う。


 ――お父様とお母様に、セレステは事実と違うことを吹き込んでいたんだわ。


 私が勉強を怠けたくて散歩に出たとでも、言っていたのだろう。


「優しいセレステは、レジェス様に楽しんでもらおうとしたのでしょうね」


 お母様はそれでもセレステを正当化する。


「あなた。今回はルナリアを赦してあげましょう。乳母と侍女を探して雇うのも大変ですわ」

「うむ……」


 セレステが誘ったと知った途端、私を見る目が変わった。

 私が言っても信じられないけど、レジェスは別らしい。

 嘘がつけない性格だし、明るくて人を惹きつける。

 それに、レジェスの言葉には力があった。


「わかった。しかし、今回だけだからな」

「ルナリア。これに懲りたら、いい子にするんですよ」


 ――乳母と侍女たちが解雇されずにすんだ!


 泣きたいくらい嬉しかった。

 私が喜びのあまりなにも言えずにいると、レジェスが私を地面に下ろして頭をなでた。

 まるで、『よくやった』というように。


「よかったな」


 泣くのをこらえ、何度も首を縦に振った。


「ルナリア、俺に手紙を書け。悩みでもなんでもいいから相談しろ。いいな?」

「うん。ありがとう、レジェス様!」


 レジェスはぽんっと私の頭を叩いた。

 その瞬間、なにか予感がした。


 ――なんだろう、この気持ち。


 アギラカリサ王国の末の王子レジェス。

 上には年の離れた王子が三人もいて、レジェスが王になる可能性が低いと言われている。

 でも、私はレジェスに王の資質があると思った。

 突然訪れた直感。

 根拠はなにもないけれど、急にレジェスが特別な存在に見えた。


「ん?」

「えっと……。ルナリアもいつかアギラカリサ王国へ行ってみたいな!」


 一瞬だったけれど、レジェスの顔が険しくなった気がした。


「ああ。遊びに来い! そうだな……。それまでにはマシにしておく」


 ――マシに? いったいなにをマシにするの?


 なんだかレジェスの言葉がひっかかったけど、すぐにいつもの明るい表情に戻った。


「じゃあな、ルナリア」


 レジェスは馬の手綱を手にする。

 正装し、従者に囲まれたレジェスは大国の王子という雰囲気があった。

 明るいアギラカリサ王国の末の王子のレジェス。

 太陽みたいなレジェスをセレステが好きになるのも無理はない

 隊列が見えなくなるまで見送った。

 隊列の最後尾が見えなくなったら、お父様とお母様は政治の話をしながら、中へ入っていく。

 セレステは両親がいなくなるのを待ち、私とセレステの二人になると、私と向き合った。


 ――やっぱり笑顔。

 

 それもとびきりの天使みたいに可愛い笑顔だった。

 でも、中身は天使じゃない。


「水路に落ちて、高熱を出したのに平気なんて、本当にルナリアは強い子ね」


 その笑顔が怖いと思う一方で、セレステから逃げてはいけないと思った。

 セレステと向き合い、立ち向かわなくては、私は二番目のまま。


「うん。ルナリアは強いよ?」


 にこっと笑うと、わずかにセレステがひるんだ。


「だから、今度は落ちないように気をつけるね!」


 やられるだけの妹ではないと、セレステに教えた。

 今までみたいに、うまく騙せると思ったら大間違い。

 私はこの先、不幸な結末迎えないためにも、今から少しずつ私のできることを増やしていく。

 たとえ、両親が私を一番だと思わなくても、私のそばには、乳母や侍女がいる。

 そして、レジェスが力になってくれると言った。

 今はそれでじゅうぶんだ。


 ――小説『二番目の姫』は始まったばかりなのだから。

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