第36話 殺害計画 ※デルフィーナ

『ルドヴィク様が、ロゼッテを引き取ることを拒否した』――あれは、セレーネの嘘だったのだ。


「わたくしが、そんな嘘にだまされるとでも思っているのかしら」


 セレーネは、ルドヴィク様が自分より、わたくしを愛していたとわかって、嫉妬したに決まっている。

 ルドヴィク様はわたくしを助けるため、王宮に来てくれたのだから!

 七年前、セレーネを助けなかったルドヴィク様は、わたくしを助けたのよ。

 これが、愛の証拠でなくて、なんだというのだろうか。


 ――七年間の絆は固いようね。


 セレーネが埋められない七年間の絆。

 それを今、実感していた。


「ルドヴィク様、ありがとうございます。わたくし、心細くてしかたありませんでしたわ。牢屋の床は冷たいし、食事は質素だし、ドレスは一日一度しか着替えられなくて、最悪の待遇でしたのよ」

「そうか」


 熱のないルドヴィク様の返事に違和感を抱いた。

 無事の再会に感動し、抱擁するはずが、そんな空気にはならなかった。


「ルドヴィク様……?」

「お前をここに連れてきたのには、理由がある」

「わかっていますわ。ロゼッテを取り戻し、三人で王宮へ戻ろうと画策なさっているのでしょ?」


 奪われてしまったロゼッテ。

 でも、国王陛下であるルドヴィク様が命じたなら、ロゼッテを簡単に取り返せる。

 それに、あの子の力さえあれば、王宮へ返り咲くチャンスを何度だって作れるのよ――! 


「違う」

「え? 違う……?」


 ルドヴィク様の口から出た言葉は、わたくしが考えていたものと、まったく違っていた。


「セレーネとルチアノの三人で暮らすつもりだ」

「え……? セレーネ? ルチアノ? い、今、なんておっしゃいましたの?」

「聞こえなかったか? セレーネを俺の妻に戻し、王妃の位を授け、ルチアノを次の王として育てる」


 それは、わたくしとロゼッテを捨てるということ。

 呆然とし、ルドヴィク様を見つめていると、血のように赤いワインを杯に注ぎ、わたくしに差し出した。


「デルフィーナ。お前も飲むか?」


 ルドヴィク様は自分の言葉が、わたくしをどれほど傷つけたか気づいていない。


「い、いえ……。けっこうですわ……」


 怒りからなのか、悲しかったからなのか――声が震えた。

 これは、セレーネが、わたくしにルドヴィク様を奪われた時と同じ状況だ。

 あの日、セレーネは無様に泣いたりしなかった。

 同じ立場になり、その理由がようやく理解できた。

 起きていることに対して、感情が追い付かないのだ。


「残念だな。このワインはうまいぞ。俺とセレーネが出会った年のワインだ」


 酔っているのか、ルドヴィク様は機嫌がいい。

 ここまでされても、わたくしは自分が捨てられていないと信じたかった。

 

「もしかして、これは……セレーネの復讐……?」


 わたくしのつぶやきを聞いたルドヴィク様が、鼻先で笑い飛ばした。


「セレーネが相当の頑固者で困っている。王妃にしてやると、俺が言っても、うんと言わないのだ」


 捨てられる者の気持ちが、ルドヴィク様には理解できないようだ。


 ――もう、セレーネはルドヴィク様を愛していない。


 わたくしにでさえ、わかる。

 それなのに、ルドヴィク様は復縁できると信じているのだ。


「ザカリアが邪魔だ」


 ルドヴィク様は、ワインを飲み干し、からになったワイングラスを傾けた。

 そして、わたくしに言った。


「デルフィーナ。お前には特別に、あいつの力を教えてやろう。ザカリアの力は人の力を奪い、自分のものにしてしまう力だ。ロゼッテが危険ではないか?」

「そんな力を!?」


 役立たずな力だと聞いていた。

 けれど、今となっては危険な力だ。


「ロゼッテが王宮で暮らせるのは、王の子の力を持っているからだろうな。力を失えば、ザカリアたちはロゼッテを修道院にでも入れて、知らん顔するつもりだろう」


 ルドヴィク様は酔っているのか、いつも以上に多弁だった。


「お前のせいで、今のロゼッテは罪人の子だ。どうとでもできる」

「わ、わたくしのせいで、ロゼッテが……」

「そうだ。お前のせいだ」


 王子一派に毒殺未遂事件を起こした罪人。

 それが、わたくし――

 ルドヴィク様は、ルチアノを次の王と決めていて、ロゼッテのことなど、どうでもいいのだ。

 わたくしだけでも、ロゼッテを守らなくては。


「デルフィーナ。お前にしてやれるのは、これくらいだ」


 わたくしの前に、短剣が一本と睡眠薬が入った瓶が一本。

 王宮へ戻り、ザカリア様を殺害しろと、ルドヴィク様は言っているのと同じ。

 自分が罪に問われたくないため、絶対に口には出さない。

 ルドヴィク様は、わたくしを助けたのではなかった。

 わたくしのロゼッテを思う気持ちを利用し、ザカリア様を殺害させるためだけに、牢から連れ出したのだ。


「もしもの話だがな。お前になにかあれば、ロゼッテのことは、俺が面倒をみてやろう」

「ロゼッテの面倒を……」

「もちろん。お前がいなくなったらの話だが」


 ――ルドヴィク様は、最後までわたくしを愛してくださらなかった。


 絶望の中、渡された短剣と睡眠薬を受け取った。

 ザカリア様を殺したなら、わたくしは死刑になるだろう。

 それでも、ロゼッテだけは守りたい。


「わかりました……。ルドヴィク様。最後にワインで乾杯しましょう。わたくしがワインを選んでも?」

「もちろんだ。お前の好きな酒を選んでいいぞ」

「ええ」


 わたくしが別れの日に選んだワインは、王妃になった年のもの。

 ルドヴィク様が二度と飲まないであろう年のワインを選び、乾杯した。

 赤い血のようなワインを飲み干し、酒の棚に瓶を戻す。

 並べた瓶を見つめた。

 セレーネが王妃になった年のワイン、わたくしが王妃になった年のワイン。

 ルドヴィク様は、わたくしが引き受けることがわかっていて、これを用意しておいたのだ。


 ――ルドヴィク様の中では、わたくしの死刑は決まっているのね。

 

「さようなら、ルドヴィク様」


 ルドヴィク様に別れを告げ、ザカリア様を殺すため、王宮へ戻ったのだった。

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