第8話 身籠っていた子供

 ――今頃、デルフィーナはいなくなった私を探しているだろう。

 

 目立たぬよう暗い色のドレスに着替え、わずかな手荷物だけ持って、王宮から逃げ出した。

 逃げる経路はザカリア様から教えていただいた。

 王族だけが知る隠し通路から、外に出ることができたのだ。

 ザカリア様は注意を引くため、私と別に王宮から出た。

 王宮に、ザカリア様がいる間は注意がそちらへ向く。

 うまく逃げた先の出口では、ザカリア様が乗った馬車が待っていた。

 

「銀髪は目立つ」


 フード付きのマントを渡され、髪が見えないようフードの中へ隠す。


「セレーネ王妃。これからどうするつもりだ」

「……もう。妃ではありませんわ。セレーネとお呼びください」


 侯爵家にすら戻れないのだから、侯爵令嬢でもない私。


「ああ、そうか。では、セレーネ」


 ザカリア様は笑顔のない方だった。

 ルドヴィク様の笑顔が、本物の笑顔であったかどうかわからないけれど、表面上は、私に笑顔を向けてくれていた。

 でも、嘘の笑顔であったなら、笑顔がないほうがマシなのかもしれない。

 幸せだった日々は、うわべだけの偽物だったのだから―――馬車の窓から見える王宮。

 遠ざかる王宮を見て、涙がこぼれた。

 

 ――私だけが、うまくいっていると思っていたなんて……馬鹿みたい。


「泣かれても、なんと言っていいか、俺はわからない」

「申し訳ありません……」


 ルドヴィク様とザカリア様は腹違いの兄弟で、外見も声も似ていない。

 ザカリア様はプラチナブロンドに青い目、ルドヴィク様はダークブロンドに茶色の目をしている。

 先代国王と似ているルドヴィク様と、お母様似であろうザカリア様。

 表情もルドヴィク様は上手に作り、無愛想なところがほとんどなかった。

 ……デルフィーナを妻とするまでは。


「ザカリア様。身を隠せる場所はないでしょうか。デルフィーナは、私を憎んでいて、どこにいようと探し出そうとするはず……」

「そのようだな。ジュストから報告は受けている」

「安全な場所に住まわせていただけるのであれば、小屋でも構いません」

「小屋? そこで暮らすと?」

「手持ちの宝石がありますから、それを売って暮らします」

「宝石が尽きたら?」


 馬車の御者に合図をし、馬車が王都の門に向かって動き出す。


「仕立ての仕事をします。裁縫なら少々、できますので……」

「世間知らずだな。仕立て屋が元王妃を雇えるわけないだろう」


 ザカリア様に呆れられてしまった。


「だから、セレーネ。お前は……。おい、どうした?」


 急に、馬車が止まった。 

 窓を開けて、ザカリア様が御者に問う。


「兵士たちが門を閉じ、王都から出る者を調べているようです」

「なるほど。セレーネがいなくなったことに気づいたようだな」


 早い――デルフィーナは本気で私を憎んでいる。

 そして、顔に傷をつけるだけで満足せず、いずれ命まで奪おうとするだろう。


「俺が疑われるのはわかっていたが、思っていたより行動が早いな」

「ジュストの情報によると、追っ手は出ていないと言っていたのですがね」

「ジュストは無事なのか」

「もちろんです。奴は素早い。先に王都を出ましたよ」


 二人の会話で、ジュストが無事、王都を出たことがわかり、ホッとした。


「王都で、数日、身を潜めてから出るしかないか……。お前は俺の替え玉を馬車に乗せ、王都を出て領地へ入れ。向こうの気を引いて、動きやすくする」

「ザカリア様が領地へ帰ったとわかれば、そちらに目がいきますからね」

「そうだ」


 引きこもりと噂されていたザカリア様だけど、そんなふうには見えない。

 馬車を人目につきにくい道の脇にとめると、私と一緒に馬車から降りる。


「こっちだ」


 ザカリア様は路地に入り、普通の人が使うような宿を選んだ。


「粗末な宿だが、我慢しろよ」

「いいえ。私のほうこそ、ザカリア様にご迷惑をおかけてして、申し訳なく思っております」

「申し訳ないなら、死ぬのはやめにするんだな」

「死……」


 ザカリア様は、私が絶望し、自害すると思っていたらしい。


「俺の母は自害した」


 驚いて、ザカリア様を見た。

 病死と発表されていたからだ。


「国王陛下の寵愛を失った母は、狭い王宮の部屋で暮らした」

「もしかして、私がいた部屋は……」

「俺と母が暮らしていた部屋だ」


 出会った時のザカリア様の顔が、不機嫌なはずだ。

 母親が自害した部屋に、再び足を踏み入れたいと思うだろうか。

 王宮にも訪れたくなかったに違いない。

 デルフィーナは意味もなく、私をあの部屋に、閉じ込めたわけではなかったのだ。

 ルドヴィク様も知らないはずがない。

 

 ――ルドヴィク様は、私に消えてほしかった?


「顔色が悪いぞ」

「は、はい」

「平気か?」


 大丈夫です、と答えるはずが、視界が揺らぎ、その場に膝をついた。


「セレーネ!?」


 ――また幻が目の前に現れる。


『どうして見つからないの!』


 デルフィーナが怒り狂っている。

 ルドヴィク様は関心がないようで、眠そうに 欠伸あくびをしている。


『セレーネのことは、もう気にするな』


 妻の私がいなくなったというのに、ルドヴィク様は心配するどころか、夜中に騒がれて迷惑だという顔をしていた。


『朝になってから、また探せ。ザカリアの領地へ使者を送ったのだろう?』

『見つけるまで、安心できませんわ。セレーネはわたくしに、殺意を抱いてますもの』

『殺意だけでは、殺せないだろう。デルフィーナ、落ち着いたらどうだ』

『落ち着いていられませんわ。ザカリア様と一緒に逃げたに決まってますもの』


 ――私の行方をデルフィーナは当てた。


 誰でもわかることだ。

 滅多に領地から出ないザカリア様。

 そのザカリア様が、領地を出て王宮へやってきた。

 そして、その後すぐに私が消えた。

 私を連れて出たと考えるのが普通だ。

 ザカリア様が、なかなか立ち上がらない私の顔を覗き込んだ。


「気分が悪いのか? 立てるか?」

「ザカリア様……。ザカリア様が捕まれば、誘拐の罪を着せられてしまいます……。私を兵士に渡せば、今ならまだ……」

「王宮から連れ出した時点で、罪に問われる。今さらだ。助けてほしいと頼んだのは、お前だ」


 ザカリア様はまったく動じなかった。


「そう……ですけれど……」


 デルフィーナの執念が恐ろしい。

 きっと、私を殺すまで追ってくる。


「捕まればの話だ。それより、具合が悪そうだ。医者を呼ぼう」

 

 ――安心していいのだろうか?


 そう思った時、ふわふわして立っていられなくなった。

 めまいと立ちくらみがひどい。


「おい、どうした……」


 ザカリア様の動揺する声が聞こえる。

 さっきまで、顔色ひとつ変えなかったのに。

 平気ですと言おうとしたのに、顔をあげた瞬間、意識が落ちた。


 ――ザカリア様も、あんな不安そうな顔をなさるのね。


 そう思いながら。

 この後、私はなかなか目を開けられなかった。

 意識があやふやな中で、聞こえた言葉。

 それは――


「ご懐妊されております」


 ――懐妊?


「子供を身籠っておられます」


 混濁する意識の中、ルドヴィク様の子を身籠っていることを知ったのだった。

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