嘘高校生日記

佐々岡式大回転

第1話「りほちゃんについて」

 朝起きたときにはもう高校に行く時間じゃなくて、テレビつけたらヒルナンデスやってて南原さんがアホみたいな顔で笑ってるから、私はこのクソみたいな戦争とか疫病とかなんやかんやで大量に死人が出てる世界でもハッピーを感じることができた。ありがとう南原。でも、やっぱちょっと高校行った方がいいかなとか思っている。いるだけで、いかない。家にいる。そのほうがなんか楽。私は頭がおかしいからみんなと一緒にいたら迷惑しかかけないし、聞き取れないし書けないTOEICなんてやる意味わかんないし、ベンゼン環みたいな顔の江田は最近ちょっとウザい。中年の男は南原だけでじゅうぶんだった。


 私は思う。時間を切り崩して負債をためてるような十代の日々が環状線のように続く人生の終着点は地獄だって。私は今、地獄行の鈍行列車に乗ってる。列車はヒルナンデスで止まっている。時代が厳しくなったから格付けファッションはできなくなって、目に見えない格付けだけが具現化しないで存在だけしてる。まるで霧とか雲みたいな格付けに私は今日もやれやれって感じでパスしたいんだけど、こんな「やれやれ」とか素でいっちゃう痛いキチ〇イは雲の上で丸めてポイされてグッバイ。


 寝起きの肺が新鮮な呼吸を繰り返す。健康でも目やにが溜まる。洗面所で顔を洗おうかどうか迷っていたら、それだけで時間が過ぎていく。私の一秒に伴う質量と、同年代の受験生が伴う一秒の質量を比べても楽しい気持ちにはならないし、きっとそういうとこから戦争が起きるから私はおとなしく寝ることにした。ベッドは友達がいつきてもいいように母親にねだってニトリのソファベッドにしたんだけど永久にトランスフォームする機会は来ない。ひらべったいままだ。でもべつに、だからといってそれだけで価値が半減したとは思わない。こいつが硬くて寝心地の悪いベッドであっても、5万円払ってよかったって思える。そういうことにしとく。あのときの私のいない友達への心配と配慮を無駄じゃなかったと胸を張りたいから、私は静かにベッドの上に横になった。


 両耳にイヤホンをつけて、声の無いASMRで寝る。


 耳を貫通して脳まで届くタイプのASMRをゴリゴリゴリゴリ聞き続けてようやく寝れないって気づいた。でもだるさは相変わらず抜けない。今日はまだあの日じゃないから、このだるさはただの怠惰ってマイ・脳・ドクターが言ってくる。わかってる。言われたところでだからなんだって感じ。病名もそうだった。適応障害ですって診断されたら少しは楽になる(自分の社会不適合で生きにくいことの理由が解明されたってことだから)と思っていたのに、ただ病名がついただけだった。そんでもってモーニングルーチンとナイトルーチンに投薬が追加されただけだった。でもお薬は飲めてねえし飲む気ねえから実質なにもかわらん。ただ病名がついただけだった。


 うつろな頭で天井を見て、だらんと垂れ下がった希死念慮に直面する。死にたくはないけど誰でもいいから殺してほしかった。ついでに処女も奪っていい。経験者とか未経験者とかはどうでもいい。たんなる破滅願望。めちゃくちゃにぶち犯されたい。けどたぶんこれは妄言とかの類で、私が温室育ちで甘やかされたからこそ出る願望なんだと思う。ゆるやかな自殺願望。それはきっと本物じゃない。この世界はいつだって生ぬるい地獄だ。ちゃんと灰にしてさえくれない。金を払わなくてもある程度生きてけるし、無料で刺激が手に入る。私は全世界のありとあらゆる刺激を一瞬にして観測することができるオナニーのための板通称スマホを手に取って意味もなくグロ死体がみたくなったからポッカキットを開く。なんでもよかった。べつだん、刺激に飢えてるわけでもないし、死体になったブロンドの18歳と私を比較してなにか得るわけでもない。暇つぶし。暇つぶしに他人の命を消費する私は何罪ですか。ちゃんと地獄に行けますか。


 誰かのせいにしたことなんてない。自分のせい。自罰的なことを免罪符にして人生から逃げると、あんがい甘い蜜が吸えることに気づいて、それに病みつきになってしまって気づけば今日で一か月が経った。新品みたいにきれいな制服は母親からの圧ってことは知ってる。でも口に出さない時点であなたの負けで私の勝ちだ。母親も父親も、私が多感だから変に刺激しないでおこうと、そっと殺してくれている。ありがたい。18歳のパブリックイメージに私は助けられている。残念ながら私はそこまで複雑な感情をかかえて生きていけるほど頭がよくなかった。ただめんどうを避けてるだけで、そこにべつだん意味はない。意味がないまま、誰かに意味付けされて死んでいけ。


 で、結局私ってなにに困ってるんだっけ。困ってることは確かだ。でもその先が思いつかない。ふだんから考えることができないクセにこういうときになって考えたって意味が無い。わかってるけど、考えてしまう。将来のこと? ちがう。死んじゃえばいいじゃんって思ってる時点でこれは悩みなんかじゃない。勉強のこと? ちがう。てか、いきなり悩みのスケールが小さくなった。私の世界には将来と勉強しかねえのかよもっとあんだろって思ったけど実際それしかなかった。最悪だ。高校生って勉強と将来で悩むべきってイメージが強すぎて、そっから脱線したやつも、結局のところ「脱線」って表現を使用してる時点で「正しい路線」と比較してるってことで、ということは私は正しい路線である勉強と将来で悩むことに縛り付けられている。18歳のパブリックイメージに私は首を絞められている。


 夕焼けが四時の到来を告げる。私は窓を開けた。沢山のビルや家がそこにはあって、いったいいくつの人間がそこでバカみたいに生きてるんだろうって考えたら、やっぱ死にたくなって地面を見下ろした。死ぬ勇気がないのは生きる意志があるからだってどっかのバカたれが言っていた。それはとてもごきげんな意見だと思うので、どうかそのまま南原さんみたく笑っていてほしい。


 窓枠に足をかける……無理だ。今の私は躁鬱パルクールするだけのテンションが足りない。そう、勇気とかじゃなくテンション。雨の日にアイスクリームを食べたいって思わないでしょ? それと一緒で、雨の日にアイスクリームでも泥でも血でも煙でもなんでもええねんって思えないとたぶんこっから先はいけない。地獄行き鈍行列車はいまだヒルナンデスで止まったままだ。進んでくれない。


 と、そのとき家の玄関から足音が聞こえた。母親だ。足音でわかる。母親の足音はいつも不機嫌なブルーノートを奏でているから。で、そのとき私は自室の扉が開きっぱって事に気づく。

 もう遅い。

 母親と目があう。

 母親が目を見開く。

 あっ。

 

 足がズレ落ちて、落ちた。

 ここはマンションの11階だった。


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