第1話:男子高校生、幼女に転生する②

そんなこんなで、この「僕」、シンシア・アデレートが朝に目覚めたというだけで、あっという間に屋敷中が大騒ぎになった。


というのも、この幼女は3日前に死ぬかと思われるほどの高熱を出した後、今まで眠り続けていたらしい。


高熱にうなされていた感覚も、さっき顔を覗かせた男の子とそれに連れられてきた紳士、貴婦人との朧げな家族の記憶も確かにあった。


3つ上の兄であるその男の子は、母親の止めるのも聞かず僕のベッドに上がってきて、無事を確かめるようにまじまじと観察したり、どれだけ心配したか言って聞かせたり、これまで3日にあった出来事を具に並べ立てたりと忙しい。


貴婦人は病人をそんな風に構うなと叱りながらも、妹の回復を喜ぶ息子を慈悲深い菫色の瞳で見つめている。


墨のような艶髪を結いもせず流しているのを見ると、身支度もそこそこに娘の部屋に駆けつけたらしい。


紳士は終始無口だったが、娘と同じ深青の目の下に、重い隈が垂れていた。


その三人に見守られながら、アン、と呼ばれた茶髪の侍女が急いで持ってきてくれたパンとミルクを空腹のため夢中で食べていると、主治医らしい中年の男が息を切らすようにしながら部屋に入ってきた。


***


「しばらくは安静が必要ですが、もう大丈夫でしょう」


医者は丁寧な診察を終えると、不安げに見守る両親にそう告げた。


「やった!シディー、治ったんだな!」


声を上げて喜ぶ兄の隣で、父親は安堵のため息を吐き、母親はそっと娘の髪を撫でた。


しかし当の僕には病気だか何かが治ったということよりも、自分が唐突に異世界の幼女になってしまったらしいという現状の方が重要だ。


目が覚めてから今まで喧騒に巻き込まれて落ち着かなかったせいで、いまだに何がなんやらよくわからない。


娘の回復を喜ぶ3人には悪いが、ちょっとそろそろ一人にしてほしかった。


「あの、もう一回寝てもいいですか…?」


透き通った鈴のような声が自分の口から出た。


娘の言葉に、両親は驚いたように固まっている。


あれ、なんかマズかったかな?


「シディーはいつからこんなに上手に喋れるようになったんだ?」


今まであまり話さなかった父親が、不思議そうに妻に聞いた。


「さあ…私も今初めて気付きましたわ。」


え、僕今まで喋れなかったの?


「えー!シディー、おしゃべりできるようになったのか?」


また興奮し始めてしまった兄に、驚きながらも嬉しそうな両親。


あ、これはマズいかも…


当然、それに気づいた時には遅く。


それから僕は3歳にしてようやくマトモに喋れるようになったらしい娘を面白がる家族3人からの質問攻めに遭った。


やっと解放されたのは、もう昼近くになる頃だった。

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