ニコちゃん先生の花火まつり

・みすみ・

ニコちゃん先生の花火まつりー①

 おわりのチャイムが鳴る直前に、国語教諭こくごきょうゆ高橋たかはし虹子にこが、指示を出した。


「1学期の成績をつけるので、ノートを提出してください。期末テストが思うようにいかなかった人は、必ずノートを出して、ポイントアップをしておきましょう。国語係の山田くんと、島崎しまざきさんは、放課後までにノートを集めて持ってきてくださいね」


 4月当初は、がちがちに緊張していた新任教師の虹子にこも、1学期の末ともなると、慣れたものだ。

 表情はやわらかく、声も落ち着いている。


 虹子は、アニメキャラのような華やかな声の持ち主ではないのだが、よく通る良い声をしている。

 山田やまだ和馬かずまは、教科書を朗読するときの、歌うような虹子の声が特に好きだ。

 

 と、チャイムが鳴る。

「礼!」

 日直の号令が終わらないうちに、座ったまま頭を下げているようないないような仕草しぐさをして、ごそごそ動き出すものもいれば、はなから頭を下げるということをせず、しゃべりだすものもいる。


 山田和馬は、きっちり頭を下げてから、席を立った。

 さっそく、男子だんし連中れんちゅうから、ノートを集め始める。

 その場で渡してくれる生徒もいれば、「なんとか体裁ていさいととのえるから、昼休みまで待ってくれ」という生徒もいた。

 

 ちらりと相方あいかた島崎しまざき美宇みうを見ると、女子のほうも、似たようなものらしい。

 ごめん、というゼスチャーをする級友に、いいよ、とでも言っているのか、美宇のポニーテールがふるふる揺れるのが見えた。


 7月、夏休みを待つばかりの高校3年生の教室である。

 大学進学を目指す生徒は、塾の夏期講習や大学のオープンキャンパスをひかえて、そわそわしている。

 就職希望者たちは、活動を本格化させて、ぴりぴりしている。

 しかし、専門学校志望は、よほどひどい成績や素行そこうのものでない限り、比較的、おだやかに見える。


 和馬も、その穏やかチームの一員だった。

 和馬は、すでに市内の調理専門学校に行くと決めていて、今のままなら、落ちる心配はない。


「和馬ーっ」

 集めた分のノートを、教卓きょうたくの上でトントンとそろえていると、名前を呼ばれた。

 教室の前の扉から入ってきたのは、

「よう、るい

 5組の小杉こすぎるいだ。

 和馬と類は、1年、2年と同じクラスだった。3年でクラスが離れたが、今でも仲が良い。


「これ、見て」

 和馬は、類のスマホを受け取り、見てみる。

「花火まつり?」

「そ、〇〇市の。花火がめっちゃ上がるやつ。行ったことある?」


 そのサイトには、花火が1万3000発打ち上げられると書いてある。

「行ったことはないなぁ」

 和馬も存在だけは知っている、有名な祭りだった。目玉は、海上花火大会だ。


 盆までの夏休みの週末は、実家が経営している居酒屋「わかごま」の稼ぎどきだ。

 忙しい両親に連れて行ってもらったことはないし、ひょいと行くには距離があるので、友だちと行ったこともない。


「いっしょに行こうぜ」

野鳩のばとさんは?」

 野鳩あおいは、最近できた小杉類の愛する彼女である。

「あそこ」


 類が示す方には、いつの間にか、4組のあおいが3組に入りこんでいた。あおいは、親友の島崎美宇と話をしている。

「あおいちゃんは、去年、島ちゃんと花火見に行ったんだよ。そのとき、来年もいっしょに行こうね、って約束したらしく」

「ふーん」

 あおいは、友情をだいじにするタイプらしい。


「でも、オレとも行きたいって言ってくれてるんだけど」

「なら、3人で行けば」

「いやいや、おかしいだろ」


 和馬は、数秒考え、

「それもそうか」

 うなずいた。

「だろ? だから、用事がないなら、来てほしいんだよ。和馬は、今年も島ちゃんと同クラで、今は同じ係もやってる。普通にしゃべれる仲だろう?」


 類は必死だ。

「オレ、あおいちゃんと浴衣ゆかたデートしたい!」

「浴衣着るかどうかわかんないだろうに」

「NO。ちがうんだな。和馬を誘えたら、浴衣着てくれる約束」


 変な約束だなぁと、和馬は思ったが、どうせ夏休みの予定など、まだ何も決まっていない。人数合わせにつきあっても良いだろう。

「わかった」

「あ、そうだ。ほら、これ。〇〇市のB級グルメの屋台やたいも出るんだぜ。食べてみたくないか?」


 類が見せてくれた画面には、地元じもと漁港ぎょこう水揚みずあげされた魚の天ぷらが映っていた。

「おおっ!」

 和馬は、がぜん、やる気が出た。






 






 



 

 

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