サイドストーリー

🎞 サイドストーリー①「レンズの奥にいたのは」

(七瀬 遼 視点)


 


僕は“言葉にできないもの”を、

ずっと探していた。


 


高校2年の冬、映像研究部の活動がきっかけだった。

日常を撮る、記録する、編集する。

誰かに何かを伝えるための技術──

そういう目的のはずだったけど、僕にはもうひとつ理由があった。


“言葉にならない何か”を、どうにかして他人に見せたかった。


 


だから僕は、カメラを持ち歩いていた。

無言で笑う人。

立ち止まる背中。

風に吹かれているだけの木。

意味がなさそうな瞬間にこそ、何かが宿っている気がした。


 


紗羽に初めて会ったのは、

そんな“映像迷子”みたいな時期だった。


ジムの端、鏡の前。

誰にも見られていない場所で、

彼女は踊っていた──というより、

揺れていた。


 


動きはぎこちなくて、リズムも不安定で、

構成なんて何ひとつない。


でも、僕は目を離せなかった。


なぜかは、わからなかった。

ただ、見ていたくなった。


レンズを向けるとき、僕は一度だけ彼女に訊いた。


「録っていい?」


 


彼女は、ヘッドホンをずらし、少し驚いたように目を開けた。

でも、拒絶はなかった。

むしろ、自分が“見られている”ことに気づいていないような顔だった。


そのまま、頷いた。


 


その瞬間から、

僕のカメラの“中心”は、彼女になった。


 


彼女の踊りには、メッセージがなかった。

でも、記憶が宿っていた。


ひとつのステップに、

誰かに触れられなかった時間があって、

ひとつのターンに、何かを振り払った痕跡があった。


それを、「記録しなければいけない」と思った。


 


でも、投稿するかどうかは、ずっと迷っていた。

彼女の“無自覚”を裏切ることになるんじゃないかと思ったから。


彼女は、自分がすごいなんて思っていない。

誰かに見せるために踊ってもいない。


だから、

「これは、僕のための映像だ」とも思っていた。


でも──ある日、

ふと、BEATSYNCのログ音声で彼女が呟いていた。


「これ、誰かが見てたら……ちょっと恥ずかしいかも」


「でも、もし“好き”って思ってくれたら……うれしいかな……?」


 


──そうだ。

たとえ本人が気づいていなくても、

誰かが“好き”って感じる動きは、世界に置くべきだ。


そう思った瞬間、

僕はアップロードボタンを押していた。


タイトルは、迷わずに決めた。


『Sync: 0%』──だけど目が離せない。


 


再生数が伸びて、コメントがついて、

「誰この子?」という声が広がっていった。


僕の中では、それは少しだけ、

“嫉妬”でもあり、

“誇らしさ”でもあった。


 


彼女の踊りは、

たしかに“評価”を求めていない。

でも、“存在”としての価値がある。

だから僕は、今もレンズを向けている。


彼女が自分のリズムで動く限り、

僕の視点も、彼女を写し続ける。


 


だって──


レンズの奥にいたのは、

“誰にも見られていなかった光”だったから。

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