📖 第15話「リズムは自分で作るもの」

録画された映像が、思ったよりも静かだった。


喧騒や歓声や効果音もない。

ただ、ふたりの動きと呼吸と、淡く揺れる影。

それだけが画面にあった。


紗羽と梨央が、即興で“ぶつかって”、

そして“聴き合った”あの30秒間。


BEATSYNCが自動で編集した動画は、特別な加工も演出もなく──

呼吸の音と、足音と、わずかな衣擦れだけを拾っていた。


 


「公開する?」


通知が表示される。

“決勝進出者による即興練習シーン”として、主催側のSNSにアップロードするかどうか。


一瞬、躊躇した。

だけど紗羽は、そっと頷いた。


「……うん。私の中のリズムで、動けたから」


 


公開からわずか数時間。

動画には、意外なほどの反響が集まった。


「バラバラなはずなのに、不思議と美しい」

「呼吸で踊ってるってこういうこと?」

「機械的じゃない、ずれを楽しんでるのが伝わる」

「リズムって、拍子じゃないんだな……」


“拍子じゃないリズム”。


その言葉が、妙にしっくりきた。


 


梨央は、控えめにコメントを読んでいた。


「……変な感じ。全部計算して踊ったわけじゃないのに」


「私、今まで“合わせようとしすぎてた”のかもしれないです。

 決まったリズムに、自分をねじ込んでたみたいな」


「……わかる。私も、今まで“間違わないこと”が全てだったから」


 


スタジオの窓から射す陽の光が、ふたりの影を伸ばしていた。

その影が、まるでひとつの動きのように重なる瞬間──

紗羽は、小さな声で言った。


「……私、自分のリズムがどこから来てるのか、

 少しだけわかってきた気がします」


「どこから?」


「呼吸。……というより、“呼びかけ”みたいなもの。

 身体が『いま動いていいよ』って言ってくるのを、聴いてるだけ」


 


梨央は、驚いた顔をして、でもすぐに笑った。


「それ、“超”感覚的すぎて真似できない」


「え、そうですか?」


「うん。でも……ちょっと、羨ましいかも」


 


ふたりは並んで、再生中の映像を眺めた。


そこには、

完璧でも、揃ってもいない、

でも、ちゃんと生きていたリズムがあった。


たった数秒の中に、

違う呼吸が、同じ空気の中で少しだけ重なった奇跡。


それは、音楽じゃなくても──

ちゃんと“響き合って”いた。


 


「映像タグ:#呼吸の連弾 #自然拍子 #AIR本戦組」


BEATSYNCのログに自動で追加されたタグを見て、紗羽はぽつりとつぶやいた。


「リズムって、教わるものだと思ってた。

 でも……“作る”ものなんですね。

 たぶん、最初から、身体の中に“素材”はあったんだ」


 


「同意。あなたの拍子は、“見つける”ものではなく“発見されるべき素材”でした」


BEATSYNCが応じる。


 


梨央が静かに言った。


「それ、“誰か”に向けて作れるようになったら、

 本当の“表現”になるかもね」


 


紗羽は目を見開いた。

でもその言葉を、どこかで自然に受け入れていた。


“誰かに向けて動く”。

まだ怖いけれど──

“それができたら”の想像だけで、胸の奥がすこしだけ温かくなった。

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