第九話 地下
四人は暗い空間をカツンカツンと靴音を反響させながら階段を降りていった。
「かなり深いな」
志鷹は眉を顰める。
「どこまで続いているんでしょう」
鴉飛が疑問に思うほどの長い階段を降りるとそこには、分厚そうな白いドアが現れた。
(さて……鬼が出るか蛇が出るか)
志鷹は頭をガシガシと掻き回すと視線を横に向けた。同じように視線を向ける三人と視線が合う。
「志鷹さん」
「あぁ?」
志鷹は月見里に視線を向けた。
「念の為、これも持っててください」
月見里は小刀を志鷹に突き出した。
「お前は?」
「俺はこれがあるんで」
別の刀を見せた月見里に志鷹は笑みをこぼし、「そうか」と短く返すと刀を受け取り、腰にさす。そして鴉飛に視線を向けた。
「開けますよ?」
鴉飛は志鷹と月見里が頷くのを確認し扉に手をかけた。ギギギと鴉飛が音を立てて扉を開けると、志鷹は銃を構えながら体を滑り込ませ中に入った。
「警察だ!」
ただ白い箱のように、真っ白な壁がぐるりと囲むその部屋に志鷹の声が響く。
その部屋の中央に人影があった。……それは神社で会ったあの白いローブの男だった。
男はゆっくり振り返り不敵に頬を上げた。
「おや。まさかここまで来るとは」
そこで言葉を区切ると、志鷹を品定めするように上から下まで視線を流した。
「しかも呪いまで解くとは」
「残念だったな」
男に志鷹は皮肉を込め言うと、ニヤリと笑って見せる。
「本当に残念さ。やっと適合する人間?いや魂を見つけたというのに」
心底残念そうに男は返した。
(魂…だ?)
「魂?」
顔を顰める志鷹と月見里に男はねっとりとした笑みを浮かべ、固い面持ちの志鷹に誇らしげに両手を天に掲げて見せた。
「ここは
(何を言ってるんだ…こいつは)
「私はその魂を再利用してやったんだ」
あまりに非現実的な内容に、志鷹の眉間のシワも濃くなる。
「再利用だ?」
奥歯を噛みしめながら月見里は吐き捨てた。
「そうだ!」
男は両手を上げ天を見上げた。
「私は⋯私のように何の罪もないのに怒鳴られバカにされ笑われ不当な扱いをする奴らが蔓延る人間(あの)世界を呪鬼でまっさらにし新しい世界を創るのだ!その計画に使ってやったんだ!ありがたく思うんだな!」
あまりにも滑稽な話に馬鹿らしくなり「ふん」と志鷹は鼻で笑うと、男を見た。
「はっ。何様だよお前は」
「我は水蛭子(ひるこ)!「日をいづる子」太陽の子!尊い「日の御子」だ!」
すると、志鷹はあざ笑うような笑みを浮かべる。
「水蛭神。水蛭神ねぇ。自分で忌みの神を名のるか」
志鷹の言葉に水蛭神の顔から笑みが消えた。
「我は今の腐り切った人間界に新しい日を差す神の子だぞ!天罰なのだよ!」
水蛭子はまるで癇癪を起こした子供のように地団駄を踏み、声を荒らげた。
「これは私に不当な扱いをした奴らや、我の邪魔をするお前たちへの天罰だ!」
まるで水を入れた水風船のように水蛭子の手足はブクブクと膨れ、筋肉質な手足に変わった。そして頭からは角が覗いた。
「これだから駄々っ子は嫌いなんだ」
苦い顔をした志鷹はあからさまな舌打ちをした。
「同感です」
同意した月見里は志鷹の隣で苦笑いを浮かべる。
そんな二人を嘲笑うかのように水蛭子はほくそ笑み、ドン!と強く足を踏み鳴らした。
グラっと地面が揺れバランスを崩した二人は片膝をつき顔を上げると、地面を殴った水蛭神の前に六体の泥人形がゆらゆらと体を揺らしていた。
「まずは小手調べってか?」
どこか楽しそうに笑みを浮かべた月見里は立ち上がると刀を構えた。
クワァと牙をむけ二人に突進してきた泥人形に志鷹は構えた銃を放つ。パンと乾いた音をたて泥人形の頭は撃ち落とされた。
その後ろから笑みをたたえながらゆっくりと歩み寄ってくる水蛭子に志鷹は発砲した。それでも片頬を上げ歩みを進める水蛭子の肩にむけ志鷹は再度、トリガーを引いた。
「効カヌナ」
ニヤリと笑うと水蛭子は志鷹の首をガシッと掴み上げる。
「っ!」
水蛭子は腕を掴む志鷹を満足そうに見た。
「サァマタ…鬼トナレ」
水蛭子はもう片方の手に持っていたカタシロを志鷹に近づけた。
もがく志鷹にカタシロが近づく。
(くそっ!)
目を見開く志鷹の目の前が真っ赤に染まった。
(なっ?!)
驚き固まる志鷹の目の前で血しぶきが上がり、ゴトリと水蛭子の腕が落ちた。
「ギャァァァ!」
悲鳴を上げた水蛭子は志鷹をほおり投げ数步下がった。そして月見里を見て目を見開いた。
「オ前、ソノ刀」
志鷹を庇うように月見里は刀を構え、水蛭子の前に立ち塞がった。
「志鷹さん!大丈夫ですか?」
「あぁ。助かった」
心配そうな月見里に言うと志鷹は立ち上がった。
「大丈夫?!」
慌てて駆け寄る甘美瑛を不気味な笑みを浮かべながら見る水蛭子に志鷹は眉をひそめる。
(なんだ?なにかする気なのか?)
その時、水蛭子の腹が二つに割れ、中から幾重に白い手がのび甘美瑛に絡みついた。
「甘美瑛さん!」
「この!」
触手を掴んだまま志鷹は水蛭子の腹に引きずり込まれた。
大きくあいた穴は二人を飲み込むと元の壁に戻っていってしまった。
「くっそ。…大丈夫か?」
舌打ちをすると志鷹は甘美瑛に視線を向けた。
「うん。僕は大丈……」
彼は小さく頷くが、途中で言葉を切ると顔を顰め片膝をついた。
「おい、どうした?!」
近づいた甘美瑛の顔は青ざめていた。
「…たぶん僕の力を吸収してるんだと思う。このままじゃ外にいる鴉飛さんと月見里さんがいくらダメージをあたえても回復してっちゃう」
「それはマズイな」
志鷹は顔を顰めた。
「っ!」
その時、肩にジリッと痛みが走り志鷹は顔を顰め肩を抑えた。見ると、服に穴があき皮膚には火傷をした時のように爛れていた。
「…俺たちを吸収する気か?ふざけんなよ」
志鷹は悪態をつくと、穴があった壁を睨みつけた。
その時、甘美瑛が両膝をついた。
「おい!しっかりしろ!」
「大丈夫……」
しかし、そう言う甘美瑛の息づかいは荒い。
(考えろ!考えろ!ここを出る方法はないのか!)
「…僕らも一寸法師みたいにうまく出れたらいいんだけど……」
ポツリと零した甘美瑛の言葉に志鷹はハッとした。
「それだ!」
「えっ?」
ニヤリと笑う志鷹を甘美瑛は不思議そうな表情を浮かべ見上げた。
「案外、あぁゆう童話は同じ状況になった時の対策を伝える物なのかもしれないな」
そう言うと志鷹は月見里にわたされた小刀を鞘から抜くとそのまま足元に突き立てた。
グラリと地面、いや水蛭子の体が揺れた。
「痛いだろ。吐き出せ!」
志鷹は再び刀を突き刺した。
その瞬間、目の前の壁が開き月見里が見えた。
「志鷹さん!甘美瑛さん!」
驚き目を丸くする甘美瑛の腕を志鷹は握ると、叫んだ月見里に向かって差し出した。
そのまま甘美瑛は月見里に引っ張り出された。と同時に志鷹の目の前で再び壁が閉じた。
「クソっ!俺だけでもか?」
志鷹は叫ぶと小刀を壁に突き刺した。その瞬間、再び壁が口を開けた。そしてそのまま外に吐き出されゴロゴロと地面に転がった。
「いててて…」
頭に手を当てボヤいた志鷹は立ち上がった。
「二人とも大丈夫ですか?!」
そう言いながら歩いてきた月見里はボロボロで肩を抑えていた。
「あぁ、なんとかな」
「うん。大丈夫」
志鷹と甘美瑛が答えた時
「オノレェェェ!」
吠えるように水蛭子は叫ぶと、月見里に詰め寄り爪を振り上げた。
志鷹は考えより先に指をトリガーにかけひいた。
パン!と乾いた音と共に放たれた弾は水蛭子の目に当たった。
「ギャァァァ」
目を抑えながら悲鳴を上げ水蛭子は数歩下がった。
「志鷹さん」
視線を向けると、甘美瑛が小瓶を差し出していた。
「僕の涙だよ。飲んだら傷が治るよ」
志鷹の横で瓶の中を飲んだ月見里が驚いた顔をし自分の手を見つめていた。
「で、あんなバカ体力があるやつどうやって倒す?」
志鷹は甘美瑛から小瓶を受け取りながら聞いた。
「異人と同じなら頭を落とせば倒せるはずだよ」
「なかなか難しい注文をする」
甘美瑛の言葉に困ったような笑みを浮かべ皮肉を言うと、志鷹は小瓶の中身をクッと飲み干した。
すると、今まで肩にあったジリジリとした痛みも引いていった。
(こりゃ……すごいな)
志鷹は拳を握ったり開いたりすると月見里を見た。
「そのためには動きを止めるぞ」
「了解です」
真っ直ぐ水蛭子に視線を向け月見里は返した。
「オノレェェェ」
「こいよ!」
ニヤリと挑発的な笑みを浮かべる月見里に水蛭子は「クワァァァァ」と叫び声をあげ拳を振り上げるが、華麗な動作で月見里はその拳をかわした。
しかし、すぐに水蛭子は反対の腕で畳み掛ける。
その腕に志鷹は短刀を突き刺した。と同時に鴉飛が水蛭子の足を切りつけた。
その痛みに水蛭子は鴉飛を蹴り飛ばした。しかし、鴉飛は宙で翼を広げふっと体制を戻した。
ホッとした時、水蛭子が地面のかけらを掴んだ。
(させるか!)
志鷹は水蛭子に引き金をひいた。
肩に当たった水蛭子は鬱陶しそうに志鷹をキッと睨みつけた。
「そう睨みなさんな」
志鷹はニヤリと笑い銃をリロードし引き金をひいた。
放たれた弾を叩き落とし水蛭子は、走りより腕で志鷹をなぎ払った。
軽々と宙を舞った志鷹はそのまま壁に叩きつけられた。
「がはっ!」
痛みに顔をしかめる志鷹を水蛭子は踏み潰そうと足を上げた時、目の前を美しい黒い羽が舞った。そして、そのまま水蛭子の腕から血しぶきが舞った。
「今です!月見里さん!」
鴉飛の声に月見里は水蛭子の首に刀を食い込ませた。
首がゴロリと転げ落ち水蛭神の体はその場にバタりと倒れ、やがて砂のようにサラサラと崩れ落ちていった。
「ははははは。お前ら!いつか後悔する!後悔するぞ!はははははははは」
高笑いはやがてサラサラとした砂に変わっていった。
「やっ⋯た」
「お疲れさん」
肩で息をする月見里に近づいた時、ドドンと音と共に天井からパラパラと細かい破片が落ちてきた。見上げると天井が崩落しはじめていた。
「脱出しましょう!」
鴉飛の切羽詰まった声に天井を見上げていた志鷹は視線を戻し、月見里たちのあとを追って部屋を駆け出し、施設の割れた窓から飛び出した。
振り返ると、今までいた施設は瓦礫の山になっていた。
「⋯終わりました⋯ね」
呆然と言う月見里の髪を冬の風が揺らす。
「だな」
短く言い志鷹は煙草に赤い火を灯すと、ふぅと白い煙を吐いた。
「お疲れ様です」
「やったね」
そう言いながら近づいてくる鴉飛と甘美瑛に片手をあげた時、ジジジっと視界にノイズが走り志鷹は顔をおさえた。
(なんだ……)
顔をあげた志鷹は目を大きく見開いた。
「おい、お前…」
「えっ?」
志鷹が指差す月見里の手はガラスのように透け、登る朝日にキラキラと輝いていた。
志鷹も恐る恐る自分の手を見ると月見里と同じように透き通り消えかけていた。
「まさか神殺しの罰?」
月見里の呟きに志鷹も鴉飛と甘美瑛を見るが、二人は何も起きていない自分の手を見たあとに驚いた顔で月見里と志鷹を見ていた。
「どうやら違うみたいだな」
「なんでそんな冷静なんです」
苦笑いを浮かべる月見里に志鷹も苦笑いを浮かべて見せた。
「こうなりゃ、なるようにしかならんからな。まっ。色々世話になったな」
志鷹は月見里に手を差し出した。
「こちらこそありがとうございました。志鷹さんと仕事できてよかったです」
嬉しいことを言う月見里は志高の手を取った。
「あとの報告は頼んでもいいか?」
「はい。班長には伝えておきます」
「頼む」
鴉飛と甘美瑛に視線を向けた志鷹はニヤっと笑い片手を上げ再び、自分の手に視線を落とした。
不思議と恐怖はなかった。むしろ、清々しさまである。
フッと笑みを浮かべると志鷹は顔を上げた。
「月見里」
志鷹は照れくさそうに言葉を続けた。
「色々迷惑かけて悪かった。⋯ありがとうな」
「いえ、こちらこそ」
笑みを浮かべる月見里の顔もすでに半分が透けていた。
朝日が昇る。
新しい日がはじまる中、二人の体は朝日の中でキラキラと輝きながら透けていき、やがて二人の意識も暗転していった。
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