第五話 早瀬警察署

雲から漏れるわずがな朝日が部屋に差し込む中、トーストを口にした志鷹は驚いた顔をし手を止めた。

…いつも食べているはずのトーストがまるで砂を口に入れて噛んでいるような感覚に陥った。


(どう……なってるんだ?)


味のしないトーストを見つめ、震える手でタバコを口に運んだ。火をつけ、スーッと吸うと、志鷹は盛大に咳き込んだ。いつもは、美味しいと思うタバコも味がしない。


「…なにが起きてんだ?」


ボソッと呟くと志鷹は、しばらく茫然としていた。


「今日のラッキーカラーは…」


テレビから流れる占いの順位にハッとすると、志鷹は腰を上げメモに書かれた警察署に向かった。


早瀬警察署に着き、志鷹は辺りを見渡す。


(探偵は今日はいないのか?)


安堵した反面、どこか寂しさを感じた時、月見里が走ってきた。


「志鷹さん」


月見里に呼ばれた志鷹は、片手を上げタバコを咥え火をつけた。しかし、まったく味のしないタバコに顔を顰めると、タバコをシガレットケースにしまった。


「おぉ。体調はどうだ?」


一瞬、月見里は怪訝そうな顔したがすぐにニコッと笑みを浮かべた。


「はい。このとおり」


月見里は屈伸をしたり体を捻ったりして見せる。


「志鷹さんは?」

(…巻き込めないな)


志鷹は「ふっ」と笑みを浮かべ


「このとおりだ」


本当のことを誤魔化すようにぐるぐると腕を回して見せた。


「ならよかった。そんなら行きますか」

「そうだな」


二人は足早に警察署の入り口に歩いて行った。


受付を済ませ警察署のロビーで待っていると、建物の奥から鴉飛が慌てた様子で二人に向かってキビキビとした足取りでこちらに向かってきた。


「すみません。お待たせしました。こちらです」


鴉飛は二人をエレベーターに案内すると、二階のボタンを押した。

沈黙がおりたエレベーターが二階に着くと、鴉飛は二人と共におり廊下を進んだ。

いくつもの部屋を通り過ぎ、ついにはその階の一番端まで来た。


(ん?この先は行き止まりだが)


不思議に思いながらもついて行くと、鴉飛はそのまま歩き、壁をスッと通り抜けて行った。


「?!」


目の前で起こる非現実的なことに言葉を失っていると、鴉飛が壁から顔だけ出した。


「大丈夫です。そのまま通って来てください」


そして壁の向こうに鴉飛は消えていった。

思わず、志鷹が月見里を見ると、月見里も不安そうな視線を志鷹に送っていた。


「お先にどーぞ志鷹さん」


手のひらでまるで、役者のような仕草で月見里は壁を指す。


「こうゆうのは若いのが先に行くんだろ」


苦虫を噛み潰したような表情を志鷹は浮かべる。

二人が睨みあっていると


「あ、いらっしゃったんですね。さっ、いきましょう」


二人の背を甘美瑛が押し壁を通り過ぎた。


壁の向こうにはいくつも机か並び、多くの恰幅よい男たちが忙しそうに動き回り、ガヤガヤとした騒がしさが広がっていた。


「ここは⋯」


月見里は辺りを見渡す。

戸惑っている二人の横を歩いて行き甘美瑛はニコリと笑いかけた。


「ようこそ四課へ」


そう言い甘美瑛は部屋の奥に歩いていった。

志鷹が甘美瑛が歩いて行った方に視線を向けると、甘美瑛が向かう先には20代後半ぐらいの青年と話している鴉飛がいた。

ふと、鴉飛はこちらに気づき視線を向けると、鴉飛の視線に気づいた青年も視線をこちらに向けた。


「やぁやぁ。御足労いただきありがとうね」


青年は満面の笑みを浮かべ親しげに片手を上げて見せる。


二人は顔を見合わせ、青年の元へ歩いて行った。


「はじめまして。俺の名前は鬼瓦元治おにがわらげんじ。鴉飛と甘美瑛が所属している班の班長をさせてもらっている」

「はしめまして。月見里探偵事務所、所長、月見里 綾人です」


笑みを浮かべ月見里は手を差し出した。その手を鬼瓦はにカッと笑い取った。


「警視庁捜査一課の志鷹です」


笑みを浮かべ志鷹も手を差し出した。


「おぉ。同業者か。よろしく」


鬼瓦は人懐っこい笑みを浮かべ、その手を握った。


「さて、今日来てもらったのは話とお願いがあってね。」


二人を見比べ鬼瓦は話を続ける。


「まず、君たちは、『異人』って知ってるかい?」

「異人?」

「ですか?」


呟くように尋ねる志鷹に月見里が

続けた。


「『異人』って「あの異人さんに連れられて行っちゃった。」の『異人』ですか?」


月見里は有名な童謡の一節を口ずさんだ。


「たしかに「異人」とは元々は「別人」や「違う人」という意味で、昔は自分がいた村に来た「宗教者」や「行商人」を『異人』って呼んでいました」

「他にも他の国から来た人を『異人』と呼んでいたよ。さっき歌った「赤い靴」に出てくる『異人さん』はその「外国人」という説があるよ」


鴉飛の説明に続けて甘美瑛はニコニコしながら言う。


「でも、今回の場合の『異人』は世で言う「妖怪」とか「鬼」のことをさすんだ」 

(妖怪?鬼だ?)


志鷹が眉をひそめると、鬼瓦は少し困ったように笑う。


「⋯まぁ、これは見てもらった方が早いかな」


そう言うと、鬼瓦の細かった体はみるみる屈強な物になり、頭からはメキメキと角が生えてきた。


(なっ?!)


言葉を失っていると、鴉飛がため息を吐き、呆れたように


「班長。2人がびっくりしてますよ」


鴉飛に言われ鬼瓦はメキメキっと元の青年の姿に戻った。


「いやぁ、驚かせてごめんよ。見た方が早いと思ってね」


鬼瓦は照れたように頭に手を当て言った。


「こんな感じで人間に化けて生きているのが「異人」なんだ」

「ということは、驚かない鴉飛さん、甘美瑛さんも」


志鷹は鴉飛と甘美瑛に視線を向ける。


「はい。私は鴉天狗です」


鴉飛は笑みを浮かべた。


「僕はアマビエだよ」

「アマビエって病気や豊作を予知するあの?」


月見里に尋ねられ甘美瑛は頷いて見せた。


「うん。ただ僕の力は予知ではなく治療⋯だよ」


ニコニコと月見里に返す。


「ちなみにあなたも⋯」


志鷹は鬼瓦に視線を向けると、甘美瑛が首を振った。


「うぅん。班長は異人ではなく鬼だよ。えっと君たちでいう酒呑童子……だよ」

「なっ⋯」


ガバッと志鷹は鬼瓦を見た。


「酒呑童子?!」


月見里も素っ頓狂な声を上げる。


酒呑童子。それはかつて京都で猛威を振った最強と謳われた鬼の名前だった。


「そりゃ⋯また」


ボソッと志鷹は漏らす。

すると、鬼瓦は豪快に笑った。


「そんな取って食ったりしないさ。人間を食べるより焼き鳥片手に日本酒飲んだほうが好みさ」


人間地味だことを言いながらひとしきり笑うと、鬼瓦は「さて」と続けた。


「話は戻すが、そんな『異人』がやらかした犯罪を取り締まるのが我々、四課の仕事だ。で、最近、妙な報告があってね」

「妙?妙とは?」


志鷹は眉を顰める。


「君たち、これに見覚えはないかい?」


鬼瓦の手のひらには白い紙から切り抜かれた、見覚えのある人形がのせられていた。


「あぁ!」


月見里は人形を指差し、志鷹は眉間のシワが濃くなる。


「どうやら知ってるようだね」


鬼瓦は真剣な表情になった。

月見里が今まで起きたことを話すと、鬼瓦は黙って最後まで聞き、口を開いた。


「なるほど。なら君たちにお願いがある。君たちもこの事件の捜査を手伝ってほしいんだ」

「事件⋯とは?」


志鷹の問いに鬼瓦は鴉飛と目配せをした。すると、鴉飛は警察手帳を開いた。


「今年の7月26日に女性が路地裏で臓器を喰われた状態で発見されたのがはじまりです。その2日後の7月28日に男性会社員が殺され、そこからなぜか8月、9月と鳴りを潜め10月1日に1件、11月6日、13日、20日と立て続けに起き、今月に入ってからも3日と11日と2件同様の手口の事件が起きています」

「な⋯るほど」


短く呟くと志鷹は俯いた。


(一課で追っている事件やまに似てるな。偶然か?)

「どうかしましたか?」

「いや⋯」


月見里に声をかけられた志鷹は短く答えると、眉間に皺を寄せた。


「で、お願いというのは」


月見里に促され、鬼瓦は続けた。


「この事件やまに鬼が関わっているようなんだが、登録されてる鬼には皆アリバイがあってね。で、調べていたら神社て君たちと会ったというわけさ」

「なる⋯ほど」


チラッと志鷹は月見里を見た。


「なんです?」

「いや。……私も協力しましょう」


志鷹はまっすぐ鬼瓦を見た。


「それはありがたい。月見里くんは?」


志鷹が月見里に視線を向けると彼は頷いた。


「もちろんです」

「ありがとう。では、二人にこれをわたす」


そう言い二人に警察手帳をわたした。


「これで調査を頼んだよ。⋯とはいえ」


鬼瓦は窓の外を見た。

いつの間にか日は落ち、外には紺色のベールが下ろされていた。


「今日はこれくらいにしよう。また明日、来てくれ」

「わかりました」

「お疲れ様でした」


月見里に続いて志鷹も短く挨拶をした。

そして2人は早瀬警察署をあとにする。

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