第32話 水芸!鮫男!

トボトボと廊下を歩く頭部が目ん玉そのものの男、チェリオス。

恵まれた肉体にはあまり似合わない表情を瞳に浮かべていた。

すると向こうからもゆっくりこちらに向かい歩いている影が一つ。

妹のアスカである。

お互い無言で見つめ合う。

2人は何を思うのか。

しばらくして、アスカの目がうるうると濡れはじめ大粒の涙を零し始めた。


「お兄…ちゃん………。ア、アタイ…………負け……ちゃったぁ…………。」


ウワァァァァァァンンンンンン!!!


目を細めるチェリオス。

その目はとても優しく、大事な妹を温かく包み込むものであった。

無言でアスカを抱きしめる。

分厚い鍛え上げられた胸筋で全てを受け止める。


「ママの薬代稼げなかったぁぁぁぁぁ!!!ごめんお兄ちゃぁぁぁぁん!!!」


ゆっくりと頭をなでるチェリオス。

背中をトントンと叩き宥めるのが兄の務めである。


「アスカはよくやったよ…。力いっぱい頑張ったんだ…。なにも泣く事なんかない。それに………俺も…。」


「え………、お兄ちゃんも………。」


泣く事は遂にしないが、細い目のままのチェリオス。

先程の優しい目ではなく、少しさみしげな罪悪感のある目。

それもそうだ。自分も負けたのだから。


「………どうする?もう母星に帰るか…?」


首を横に振るアスカ。


「友達の…サっちゃんを…、アタイに勝った女の子の優勝が見たい…。」


「………そうか。お兄ちゃんもな、同じ気持ちだ。俺に勝った男の行く末を見届けたいんだ。お金のことは…………その後に考えよう…。」


頷くアスカ。

まだ心が痛いのか、通路の端で抱き合う2人。

母親の薬代を稼げなかった情けなさが襲うも、やはり自分たちに勝った友を見届けたい気持ちは本物である。


「アスカさん!!!」


振り向くと心配そうな顔をしてマンナが立っていた。

少し汗を流しているので走ってきたのだろう。


「マンナさん…。」


「大丈夫ですか!?アスカさんの声が聞こえたので…。それに…貴方は…?」


袖で涙を拭いこの人は…と説明しようとしたらチェリオスが居ない。


「めっっっっっちゃ可愛いじゃん!!!!!」


チェリオスはマンナの手を取り、先程の寂しそうな顔から一変。瞳を大きく見開いていた。


「え゛。」


「え、あの…………。」


「俺!俺!アスカの兄のチェリオスって言うんだ!え〜!なになになにマンナちゃんめちゃくちゃ可愛いじゃん!!!スタイルも良いし爪も綺麗!!!え?なになになに?おっぱい何カップ?」


「えっ?あ、あの…ちょっと…。」


少し引きつつ狼狽えるマンナ。

ナンパだ。

身体をワナワナと震わし拳を握るアスカ。


「こんの…………クソ兄貴いいいぃぃぃぃッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!アタイの純情返せクソボケエエエエエェェェェッッッッッッッッッッッッ!!!!!」


天井があるので少し低めの天空奈落落としを血の繋がった兄に炸裂させたアスカ。

泣きながら放ったその必殺技はあまりにも美しかったと後にマンナは語ったのであった。


「ウゲエエェェェ!!!」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「お、おい…アレ…背中の曲がり方おかしないか…。」


リング中央に倒れこんだルークの背中は異常な角度に曲がっていた。

つまりは背骨がへし折れたのだ。

マスク越しに流れる鮮血。

痙攣しているところを見るとかなりの危篤状態である。


「オイッッッッ!!!救護班何してやがんだッッッッ!!!さっさと来いやッッッッ!!!背骨へし折ったんだ!!!死ぬぞオタンコナスども!!!」


大声で叫ぶヴェルタース。

ただの戦闘狂なだけで常識はあるのだろうか。

いや、相手の背骨へし折ってる時点で常識があるかと言われたら…。

急いで担架に乗せ医務室に運ぶスタッフたち。

ヴェルタースはそれを見届けるとポケットに手を突っ込み控室に戻るのであった。


「こ……………怖ぇ〜…。デカいし強いしでなんやねんアイツ…。」


「ルークさんも随分と筋の良いファイターだったのでしょうが、力及ばずでしたか…。やはりカシオペア座の喧嘩師の異名は伊達ではありませんね…。」


腕を組むC.B。

銀之助はパルムの肩に手を乗せサムズアップ。


「え、なによ銀ちゃん…。」


「安心せぇパルム。骨は拾ったらぁ。」


泣いて騒ぎまくるパルム。

忘れていた。

次の対戦カードば自分であった。

自分は戦わないからか笑顔の銀之助に少し腹が立つもトーナメントの形式上仕方ない。


「自分が戦わへんからって何わろてんねん!俺の立場になってみぃや!いや!俺の前にあのチップ・ボールてやつがおる!アイツが倒してくれるはずや!」


「いや、あのヴェルタース倒すやつなんざもっと強いだろ。」


ヨーベイガーに冷静にツッコまれ慌てるパルム。

続けざまにニシシと笑う銀之助の肩に手をやった。


「む?どしたよ?」


「次の試合、頑張れよ。」


ヨーベイガーの指し示すトーナメント表には銀之助の名前が。

そしてその横に対戦相手の名前もあった。

名はシャーク・ディブロス。

所謂シード枠である。

目が点になる銀之助。

完全に見落としていたようだ。

泣いて騒ぎまくる銀之助。

今度はパルムが笑顔で骨は拾うと言ってくれた。


「なっさけねぇな。騒ぐなよ。」


「そうですよ銀之助さん…。あの屈強でたくましいヨーベイガーさんに勝ったんですよ?自信持ってくださいよ。」


「そうやそうや!ほな行ってらっしゃい銀ちゃん!!!」


背中を押され泣く泣くリングに向かう銀之助。

とても心細く、はやく帰ってコーヒーを飲みたいのであった。


[皆様ーー!!!お待たせ致しました!!!遂にこのトーナメントも大詰め!いよいよシード枠の試合が始まろうとしております!!!]


ウオオオオオオォォォォ!!!!!


[青コーナー!!!前試合ではあの傷ひとつつかない超合金ボディの大男ヨーベイガー選手を打ち破った地球人!!!32歳で今だ彼女が出来ずに童貞なのはわざとなのかー!??!町田銀之助えええぇぇぇ!!!!!!]


「しばくぞボケゴルァ!!!」


煽りに煽られた銀之助。

今から殴り合いが始まるというのに司会にバカにされ心を乱される。

いや、逆に少し気が反れたとでも言えるのだろうか。

ご立腹な様子で腕を組みながらリングにあがる銀之助はさっさとこいやと言わんばかりに対戦相手を待つ。


[続きまして赤コーナー!!!俺様の水芸は誰よりも美しい!!!多彩な魔法とフィジカルで相手を海の藻屑と化してやろう!!!惑星アクエイラからの出場!!!身長220cm!!!体重200kg!!!魔力380万パワー!!!シャーク・ディブロスーーーーッッッッ!!!]


ウオオオオオオォォォォ!!!


「ディブロスー!!!かっこいいぞー!!!」


「ディブロス!!!ディブロス!!!」


「鮫としてのプライドでしっかり勝ってくれっすよ〜!!!」


これまた巨体の異星人。

全身水色で肘からはまるで刀のような一本筋が伸び、水晶のように煌めく瞳が太陽に反射して更に輝く。

牙も恐ろしく、鮫同様何層にも連なっており噛まれたらひとたまりもないだろう。

ディブロスは銀之助を睨むとニヤァと口角を上げ、天に向かいバカでかい咆哮を上げた。


「うわぁぁぁぁぁぁぁッッッッッッッッッッッッ!!!!!!」


泣きわめく銀之助。

若干漏らしてる。

それを見て頭を抱えるヨーベイガーたち。


「しっかりしろよアイツ…。」


「銀之助さんはしっかりと強いんですけどね…。どこか惜しい方です…。慎重なんですかね…。」


「いやぁ、ただのビビリやで。俺と一緒。」


[試合開始いいぃぃぃッッッッッッッッ!!!]


カーーーーーーンッッッッッッッッッッッッ!!!


(どう出る…??!!近づいた上での近接格闘か…?それとも飛び道具系の魔法でくるか…??!)


身構える銀之助に対してディブロスの答えはこうであった。

シュババッと印を組むディブロス。


「シャーク…………」


「えぁっ…………?」


「スピアァァァァッッッッッッッッ!!!!!」


「いきなり大技かよッッッッッッッッ!!!!!」


水の槍が銀之助を狙う。












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