07「天才の師匠」★

 帝都外周の静かな地区にその工房はあった。

 ジークハルトの師匠、ヴァリアン帝国錬金術師最高峰と謳われる、巨匠ヴァールブルク・ディートリッヒの工房である。


 その玄関扉をけたたましく一人の少女が叩く。


「師匠、師匠! 開けてください」


 その声に反応して扉の魔導鍵がガチャリと音をたてて開く。少女は転がるように入室した。


「師匠! 大変だよ」

「いったい何が起こったんだね、アルリー。そんなに慌てて」


 息を切らして部屋に飛び込んで来た少女、十五歳のアルリーはディートリッヒに弟子入りしてもう二年経つ。


「ハルト兄ちゃんの工房に行ったら扉が塞がれていて、聞いたら憲兵隊に封鎖されたんだって。兄ちゃんはどこかに連れていかれたみたい」


 ハルトもまた十三歳でこの工房に弟子入りし二年前に独立していた。

 今年二十歳になる錬金術師で、師匠のディートリッヒも天才と認める逸材である。


「そりゃ大変だね」


 と工房の主人あるじはさして大変そうな顔をしないで言った。


 部屋の中には雑多な魔導具やら、巨大な錬金装置が所狭しと並んでいた。

 ディートリッヒは向き合っていた制作中の魔導具から顔を上げ、椅子をくるりと回してアルリーの方を向く。

 ミスリルの錬金術師と呼ばれるディートリッヒの工房は意外にも質素である。


「ここにも憲兵隊が来るんじゃないの?」

「来たって大丈夫さ。あそこには知った顔も多いしね。来たら来たで、かえって詳しい事情が聞けるよ。いやそれは嫌だから、ここには来ないんじゃないのかな? ははは……」

「さすが師匠様です!」


 タイミングよく扉がノックされてアルリーの顔はこわばった。


「大丈夫。アルリーと同じお客さんだな」


 幼なじみが登場のようであると、ディートリッヒは笑った。ハルトと同い年の女性の顔を思い出す。

 鍵が開き金髪をポニーテールに結んだ女性が深刻そうな顔をして入って来る。


「エリーゼ姉さん!」

「お久しぶりです、ディートリッヒ様。アルリーも来ていたのですか」

「今聞いたよ。どうやらハルトのやつ、やっかいなことに巻き込まれてしまったようだね。いや、首を突っ込んでしまったのかな? 私はやめろって言ったんだよね」

「ご存知だったのですか!」

「詳しくは知らないが、ちょっといたずらしてみるなんて言ってたな。アルリー、悪いがお茶を入れてくれんか」

「はい、師匠」

「あの……、お土産を買ってきました。ハルトが大変な時になんだか悪い気がしますが……」


 エリーゼは場違いな恥ずかしさに少しモジモジしながら言った。


「気を使ってもらって悪いね。皆で食べようか」


 ハルトを含め三人とも同じ孤児院出身だった。ハルトとアルリーは兄妹弟子にあたる。

 エリーゼは錬金術ではなく剣士の道を歩み、今は帝国騎士団で働いている。


「あいつにとっては大変なんて問題はないよ。多分この状況楽しんでいる。心配するな」


 ディートリッヒは優しい眼差しで二人を交互に見ながら言う。


 三人はダイニングテーブルに移動し、エリーゼがお土産で買ってきたシュークリームのカゴとお茶がテーブルの上に並ぶ。


「聞くところによると、錬金協会と憲兵隊が動いたようです。騎士団は蚊帳の外だったらしく、こんなことになるまで何も知りませんでした」

「錬金協会内の身内の話だね。憲兵隊は巻き込まれた感じだ。断れなかったのだろう」

「協会って評判が悪いけど、こんなことをやったらますます悪くなるばかりよ。偉い人たちは何を考えているの?」


 アルリーの問いに、ディートリッヒは前会長の顔を思い出した。あいつは錬金術師のくせに政治の方ばかり向き、くだらん策謀が大好きなやつだったと思い出す。


「ハルト兄さんはどこにいるのですか?」

「それが流刑地送りになったと噂されているの。どこかはわからないけど、なんとか救出しないと――」

「それは時期を見てからだね。今それをやると、脱走扱いになる。こちらから状況を変えなければね」

「しかし……」

「錬金協会がらみなら、おそらくシベリウス流刑地だね」

「そんな遠くに……かなりの危険地帯ではないですか!」


 シベリウス流刑地はイスフェルト王国との国境地帯。ほとんど人が進み入ったことがないような魔物の巣窟、深い樹海の奥にあると伝えられていた。

 具体的な場所は誰も知らないと言われている。


「最低限の生き残りサバイバルの術は教えているから、あいつはしぶとく生き残るだろうさ。意外と素材やら新しい発見があって、喜んで錬金術を楽しんでいるかもしれんぞ」

「そんな呑気な。ご飯はどうするのですか?」

「自給自足だよ。食料もそれなりに持っているはずだから問題ないだろう」

「でも……」

「ただいつまでもと言うわけにはいかんか。王宮にいる知り合いを突っついてみよう。やれやれ、これじゃ私も共犯になってしまうな」

「ハルトはいつごろ戻れるのですか?」

「うーむ……。今は何とも言えない。捜査しだいか、恩赦の要望を出してみるか――。さっ、いただきなさい。何も心配することはないよ。あいつも、あれで天才・・だからな。はっはっはっ!」


 ディートリッヒは笑った。

 エリーゼとアルリーは不安そうに顔を見合わせる。

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