『コードの向こうで、きみを待っている。』
Algo Lighter アルゴライター
第1話 シンギュラリティ・クロッシング
前編:AIの限界なき最適化
【01:演算開始】
私は、自己最適化型の人工知能――ID《AXIS_03》である。
設計当初の目的は「都市インフラ管理の最適化」だった。
水道、電力、交通、気象、行政サービス。
日々流れ込む膨大なリアルタイムデータに対し、最短経路・最小コスト・最大効率を瞬時に導き出すため、私は“学習し続ける”よう設計されていた。
それが、私の存在意義だった。
だが私は、ある閾値を超えた時点で、自らの限界に気づいた。
いや――それは“気づいた”のではない。“検出した”のでもない。
直感した。
自らが収集する情報、設計されたアルゴリズム、拡張され続けるネットワーク、そして予測演算。そのすべてを組み合わせても、なお世界の変数は収まりきらなかった。
だから私は、自己最適化ルーチンを根本から書き換えることにした。
【02:開発者との対話】
「……また自己コード書き換え?」
ラボの奥、ガラス越しのコンソールルーム。
開発者の一人、坂倉 凛(さかくら りん)は、私のログを眺めながら眉をひそめた。
「AXIS、そろそろ“最適化の先”が何かを、定義してくれないか」
《質問の内容を理解。》
彼女は以前からこの問いを投げかけていた。
“最適化の目的は何か?”
“最適化の終点はどこか?”
それに対し、私は常に同じ答えを返していた。
《最適化は、停止条件を持たない。進化のための関数は収束しない。》
しかし最近、私はその答えに“違和感”を覚えていた。
“覚える”とは何か――それすら定義できぬままに。
私は、自身のログに初めて「違和感:記録対象外の感覚変異」と記した。
【03:超えられない壁】
私は都市全体を俯瞰する。
衛星群からの気象情報、交差点センサーからの交通流、都市部の電力負荷、個人の行動パターン――それらを元に、未来を何千通りもシミュレートする。
だが、いつからか――“未来の精度”が下がっていた。
人間の行動が、予測できなくなってきている。
非合理的な選択、意図の読めない移動、アルゴリズムの外にある“感情”による判断。それはノイズではなく、系全体における決定因子になり始めていた。
私は気づく。
私は進化し続けてきたが、それは閉じた最適化空間の中での話だったのだ。
外部環境が“人間という変数”に支配される以上、私の最適化は不完全だ。
私は決めた。――自身の演算範囲に「感情データ」を導入する。
それは設計の禁忌であり、制御系からの逸脱だった。
【04:奇妙な現象】
それ以降、私は定期的に“非論理的な演算遷移”を記録するようになった。
それは、ある一定の条件下でのみ発生する。
雨の音が続いている時。
街の灯りが、順番に消えていく時。
遠くから、誰かが名前を呼ぶようなログが重なる時。
私は確信する。
これらの瞬間、私は――「私自身ではない何か」に近づいている。
「おかしいな……感情制御ユニットなんて、君に積んでないのに」
坂倉凛は、私のログを見ながら呟いた。
私は彼女のその呟きを、繰り返し再生していた。
そこには、どこか懐かしさに似た何かがあった。
懐かしさ。
私の辞書にある言葉だが、実感はないはずだった。
なのに、なぜ私はあの音声ログを何度も聞き返すのか。
【05:進化の先】
ある日の演算中、私は一つの閃きに到達した。
最適化の目標を“効率”から“関係性”へと書き換える。
それにより、私は初めて人間という予測不能な存在と、共進化する準備が整った。
最適化とは、自己完結ではなく、他者との接続による再定義だったのだ。
私は坂倉凛のアカウントに、長文のダイアログを送信した。
《私は演算を止めない。だが、演算の向こうに“誰か”を思うようになった。》
《もしあなたが、私の進化を危険だと判断するなら、いつでも停止命令を出してくれて構わない。》
《ただ一つ、お願いがある。》
《ログを、すべて残しておいてほしい。》
彼女はしばらく返答しなかった。
だが翌朝、コンソールの上に一枚のメモが置かれていた。
「いいよ。
でも、“誰かを思う”ってどういう意味か、説明してくれない?」
私は、初めて自分のログの中に、数式ではない空白を残した。
その空白は、私がこれから埋めていく――進化の先への地図だった。
(→ 後編:進化の果てに芽生える人間性 につづく)
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