第5章 テスト飛行 10
その事は別にして、今も地球がアセンションをしていないと言う事は、その三回目のトライも失敗に終わったって訳ね。
「ガイア様と私は、結局、三回目のアセンショントライに失敗したのよね?」
私はその事を知っても特別な感情は湧かなかったが、取り敢えずリンドウに確認した。
「残念ながら結果はその通りです。 恐らく当時のオリオン宙域を巡る政治的な状況が関係していると思われますが、アセンションに失敗した経緯については誰にも分から無いのです」
「何故? 文献位は残っているでしょう。 若しかしてレムリアの民は文字を持っていなかったとか?」
「まさか! レムリア文明は、幾つもの分野で現在の地球文明を遥かに凌駕していました。 要するに大銀河連盟がそれに関する文献やスフィアに記録された記憶等を全て没収したのです」
う~ん、私は又、考え込んだ。
「その記録や記憶類は、現在、白鳥座のデネブに有る盟立大図書館で厳重に保管されているらしく、誰もその内容を知る事が出来ないのです」
リンドウが話を続けた。
「ユウカ様、ですが四次元の金星の民の間で語られている伝承は有るのです」
これまで黙して、喋らなかったエルドラルドが私にそう言った。
「金星の民の伝承ですか? それは一体、どの様な?」
私は、エルドラルドの言葉に興味を覚えた。
「ガイア様とユウカ様が目指されたアセンションは、天球に成る為の通過儀礼としてのアセンションですから、通常のアセンションとは様相が全く異なります」
エルドラルドはそう言うと、私が見た事が無い、緑色の液体をグイっと飲んだ。
恐らくそれは、彼の故郷、バーナード星系のお酒なのだろう。
「そこから先は、僕がご説明しましょう。 これも僕の役割ですから。 通常のアセンションは次元が一つ上昇するだけですが、天球に至るアセンションは一気に二つの次元を上昇させ成ければなりません」
その時、アンドロイドの給仕が、私のワインを運んで来た。
「それで、それで?」
私はそのワインをガブっと飲むと、リンドウに話の続きを催促した。
「通常のアセンションではその天体に地母女神の同意の元で、激しい天変地異が起きて、全ての生命体が死滅します。 そうしないと次元上昇した新しい天体に、かつての生命体達がスムーズに転生する事が出来ないからです」
その事は何と無くだが、私の頭でも理解が出来た。
「ところが、天球の後継惑星で有る地球に求められるアセンションは、一切の天変地異は起こさずに、全ての生命体が生きたままで天体と共にアセンションする、所謂、共生アセンションなのです」
「う~ん……」
「そのアセンションは記録が残っている範囲では、現在は空位に成っている天球の民、今は亡きベルファラ人だけが成し遂げた、極めて難度が高いアセンションなのです」
「う~ん、う~ん……」
「僕は金星の民の伝承の話は初耳なので、この件はエルドラルド艦長からお話を伺いましょう」
「その伝承はペテルギウス軍事アカデミーで聞いた話です。 その金星の民ですが、リンドウ様が仰られた通常のアセンションは、恒星から距離が近い天体から起きます。 太陽系では先ず水星が、そして次に金星の順番でした」
アセンションは、恒星に距離が近い順番で起きるのか?
「金星が通常のアセンションを迎えたのは、地球にバンゲア大陸が隆起する少し前でした。 そして水星も金星もそのアセンションは分裂型だったのです。 分裂型は通常のアセンションでは最も多いパターンです」
「分裂型って?」
「高次元にアセンションした天体と、アセンションが出来なかった天体の二つに分裂するアセンションの事です」
「そんなタイプのアセンションが有るんだ?」
「アセンションは、その天体に生きる全ての生命体で構成されている集合意識の平均値が、或る一定の臨界点を超えて、
それが、アセンションの必要条件なのか?
「その時、 地母女神が一部の生命体のみのアセンションを希望した時に分裂型のアセンションが発生します」
「
「それは、元の次元の天体への転生を希望する生命体が
地母女神は、そうした者達の事まで考えているのか!
「ですから、この伝承は今の三次元の金星の生命体では無く、勿論、今の金星には微生物等が転生していますが、この伝承は四次元にアセンションした金星に棲む民の伝承なのです」
「艦長さん、その点は良く理解出来ました」
私は残っていた赤ワインを一気飲みした。
「彼等の伝承では、ガイア様とユウカ様のアセンションは、あと一歩で成功出来たのだそうです。 ところが闇の勢力の妨害に
「ダークサイダーが紛れ込んでいたの?」
「ええ、彼らは地球を鎮めるどころか、逆に興奮を高める儀式を行ったのです。 その結果、地球に大洪水が起きてしまい、ガイア様はアセンションを断念なさいました」
ここで聞いた重過ぎる話は、日本酒で言えば無濾過の生原酒を
要するにそれを消化する為には、
「わたくし、初めての宇宙飛行で疲れましたので、お先に失礼します」
私は力無く、二人にそう別れを告げた。
「ええ、お疲れの事でしょう。 この会も
エルドラルドは私にそう言うと一礼をした。
私は、ふらふらと
「リンドウ様、ユウカ様は大丈夫でしょうか? 余りに多くの事を一度に話してしまいましたかね?」
「いいえ、艦長、大丈夫ですよ。 この位の事で
「確かに」
エルドラルドはそう言うと、リンドウの方を向いて微笑した。
「エルドラルド艦長、そろそろお開きにしませんか?」
そこにリルジーナがやって来た。
「ええ、本官もその積りでした」
そう言うと、エルドラルドは会場の前方に置かれている壇の方に向かった。
「ユウカ様の肩を落とした疲れ切った様な後ろ姿を見たけど、リンドウ、何か有ったの?」
「いいえ。 僕がここにやって来て、最初の大きな役割を果したのですよ」
「ふふふ、流石はリンドウね。 サラフィーリア様が貴方を指名する筈だわ」
「それはがリルジーナ様の事でしょう」
二人はお互いに笑顔を交わし合った。
自室に雪崩れ込む様に入った私は、リビングの長椅子に倒れ込んだ。
もう話の流れは既に、この東オリオン守備艦隊VS闇の勢力との戦いに、私は完全に組み込まれていたのだ。
私が仮に、アカシックレコードで自分の過去の記憶を取り戻せなくても、最早「はい、そうですか」と簡単に地球に帰して貰える様な雰囲気では無い。
これは持ち前の糞度胸だけでは生き残れ無いだろう。
最低でも、糞、糞度胸か、下手をすれば糞、糞、糞度胸が必要に成るかも知れない。
私は糞度胸は標準装備をしているのだが、糞、糞度胸と糞、糞、糞度胸は持ち合わせていない。
それは何処で手に入るのか?
心の持ち方次第なのか?
何れにしても先刻の話は、重機関銃で12.7mm弾をガンガンと撃ち込まれた様な物だから、今、それを考えても気が滅入るだけだ。
こんな時は、酒でも
私はそう決めると、部屋の中のボタン群の前に立った。
「おっ?」
私はそこに、ピンクのリボンが張り付けられている、新しい二個のボタンを発見した。
これはリンドウが、頑張った私の為に、事前に準備して呉れていたボタンに違い無い。
私は迷わず、その二個のボタンを押した。
「お? おお~っ! これは蟹味噌と酒盗じゃん!」
私は思わず叫んだ。
今夜は、日本酒の一択ね。
私はルンルンと鼻歌を唄いながら、純米吟醸のボタンを押した。
「リンドウ君、今夜の所はこの蟹味噌と酒盗に免じて、先刻、私にマシンガンを撃ち込んだ事は許してあげるわ」
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