第5章 テスト飛行 8

 ライラック号は、母艦ビューウィックに接近した時点で、超低速飛行にモードに切り替わっていた。

 ビューウィックを発進した時には、私は前方に気を取られていて全く気が付かなかったが、今はライラック号のコクピットから、丁度サッカーボールの大きさ位に地球が見える事を知った。

 既に懐かしい惑星、私の故郷、地球!

 あの光は香港か上海? あれが北京で、あそこがソウル? その直ぐ近くに東京の眩しく輝く灯りが見える。

 太陽の光は、南半球とユーラシア大陸の一部を照らしていたので、今、夜を迎えて輝いているのは、雲が掛かっていないアジア大陸だけだった、

 それぞれの都市に於けるイルミネーションの灯りは「米粒状に光る蛍達の群れ」を、私に連想させた。

 だが残念な事に月は、地球に裏側に隠れていて見る事が出来なかった。

 何れにしても、母艦ポイント・ビューウィックは、私が思っていたよりもずっと地球に近い宇宙空間で停泊していたのだ。


 やがてライラック号は、無事にポイント・ビューウイックの十七番カタパルトに着艦した。

 カタパルトの作戦室には、ハローズから帰艦する旨の連絡を受けていたリルジーナとリンドウが出迎えに来ていた。

「皆様、特に初飛行のユウカ様は、大変お疲れ様でした。 今回、予定していたスケジュ-ルを完遂されとの事で何よりです」

 リンドウは、笑顔で私達をねぎらった。

 リルジーナも、満面の笑顔を私達に向けた。


「ミーティングルームに皆様のお食事を用意しております。 エルドラルド艦長もお待ちですので、今日の報告会を兼ねて皆で会食しましょう」

 リンドウがそう言って作戦室を出ようとした時、

「リンドウ、ウチは今から本番に向けてライラックのメカニック達に機器類の調整を指示しないといけないので、報告はユカとハローズに任せる」

 マヤも会食には参加したかった様子だったが、自身の仕事の方を優先させた。

「マヤ、それは残念です。 ですが、本番に向けて、機器類の調整はとても大切なお仕事ですから、どうか宜しくお願いしますね」

 リンドウはマヤに一礼した。

「あいよ。 ウチに任せとけって!」

 皆が、カタパルトの出口でマヤと別れる時、 マヤは、「メカニック室にはロクな食い物が置いて無いんだよな。 あ~あ、仕方が無い。 今夜はサファイア丼で済ませるか」 と呟きながら、マヤはメカニック室に入って行った。

 えっ? サファイヤ丼って、一体、どんな食べ物なのよ!

 本当にサファイヤの粒が入っていたら、硬くて噛むのが大変だし、第一、消化に悪いでしょう?


 ミーティングルームでの会食は、終始、なごやかに進んだ。

 私は、セレスの泉で起こった現象についても正直に報告した。

 その現象に対するリルジーナの見解を聞きたいと思ったからだ。

 リルジーナは、「それは吉兆で、ユウカ様が聞かれた通り、セレス様が我々への支援を承諾されたと考えて間違いは有りません」と、私が聞いたセレスの言葉に太鼓判を押して呉れた。

 私が一番知りたかった事は、女神セレスがどんな形で私や私達に関与するのかと言う事だった。

 だが、リルジーナの話ではその時に至れば、サラフィーリアからその内容が私に、直接伝えられるらしかった。

 会食中、報告以外は余り積極的に話に加わらなかったハローズだったが、ハローズは明らかに上機嫌だった。

 恐らく、ハローズがリルジーナに会うのは今回が初めての様子だったが、憧れの女神リルジーナと自分の耳の形が似ている事が、ハローズには余程嬉しかった見た位だ。

 まあ、その気持ちは私にも分かる気がしたが……。

 リルジーナは、私と違って女神の属性だから、ハローズが憧れるのも無理は無い。

 そんな事を考えている時点で、既に自分が本物のユウカ様みたいな気分に成っている事に、私は気が付いた。


 自室で、サラフィーリアから「我が愛しい娘」と呼ばれたし、今日もセレスから「女神宗家のユウカ様」と呼ばれた。

 やっぱり私は、本物のユウカ様なのかな?

 そう成ると、私も覚悟を決めざるえを得なく成る。

 この宇宙戦争に巻き込まれる事が必至だからだ。

 幾ら女は糞度胸だ!とは言っても、戦死する事だけは嫌だなあ。

 だって戦死したら、八木ちんに会えなく成るし、それ以上にもう生ビールが飲めなく成ってしまう!


「次は愈々いよいよ、アカシックレコードでご自分のご記憶を取り戻される番ですね。ユウカ様」

 私の後ろで、甘くて魅惑的な低音の声が聴こえて来た。

 振り向くと、そこにはエルドラルド艦長が立っていた。

「あっ、これは艦長さんでしたか? 今夜は夕食会を催して下さるそうで感謝します」

「ユウカ様、他人行儀はお止め下さい。 本官はご近所のおっさんですから」

 エルドラルドはそう言って、ワハハと笑った。

 先日、私のトレーニングスケジュールを必死で早めさせたエルドラルドは、そこにはいなかった。

 あれは、自分の部下達の生命いのちを守る為の、切なるお願いだった事は私も理解している。

 地球で、若しこんな叔父さんが私にいたら、素敵だっただろうな!

 私は素直にそう思った。


「ところで艦長さん。 今、貴方はアカシックレコードで、私は私自身の記憶を取り戻すと言われましたか?」

「おや? だその件は、リルジーナ様やリンドウ様から、聞かれていないのですか?」

 エルドラルドは、自分が失言をしてしまった事に気が付いて、僅かだが動揺した様に私には見えた。

「ええ、あの人達は何時いつも、大切な事は実行する直前に私に伝えますので、どうぞご心配無く」

 私はエルドラルドをフォローした。

「あ、ああ、そうでしたか? 何れにしても大変失礼をしました。 ですが、ユウカ様、これだけは信じて下さい」

「何でしょう?」

「我々、東オリオンの腕守備艦隊だけでは無く、全ての三次元のライトサイダーが全面的にユウカ様をお支えしますし、皆、ユウカ様の事は信じ切っております」

 あ~あ、結局、エルドラルドは私にプレッシャーを掛けただけだったか?

「艦長さん、それは全て、アカシックレコードに行ってからの事ですね」

 私は余裕を見せる事で、プレッシャーを感じていない素振そぶりをした。 

「確かに、 その通りです!」」

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