第4話 反射的な判断

 三人のオルケンはその手に全長2mほどの槍のようなものを携えていた。

 柄の部分から穂先にかけて薄ベージュ一色のそれは、察するに先ほど見た灰素と土の混合材で作られているのだろう。

 簡素な背負子と共に、全員が予備の槍を四本ほど背負っているのを見るに、用途としては投げ槍なのだろうか?

 それにしては、穂先の部分がやけに丸く膨らんでいる気がする。

 それはまるで、中に何かを詰めこんでいるかのように……


「Nantoka ii yagare!」


 再び響いた怒声をもって、現実に引き戻される思考。

 クラウスは顔を横に振って、今考えるべきことを思い出す。

 良心に任せて飛び出そうにも、相手は三人。

 はるかに貧弱な人間一人で、割って入れる相手ではない。


(僕が行ったところで意味ないけど……だからって)


 合理に任せるなら、エルマを置いて逃げるべきだとわかっている。

 どうせ助けに入ったところで、何かできるとも思えない。

 何より彼女は「隠れて」と言った上で、その身を彼らの前に晒している。

 それは、彼女一人でどうにかできると……そう踏んだからではないのか?


(だったら……僕はここで見ているべきか?)


 もっともらしい結論を抱いて、言い訳のように息をひそめる。

 自分はあくまで彼女の指示に従っているだけだと、そう言い聞かせて傍観し続ける。

 道理を通すにも、合理に徹するにも中途半端な行動にとどめて、どちらにも動けるよう構え続ける。卑怯なやり方だ。

 クラウスはそんな風に良心の呵責を覚えつつも、決してこの選択が愚かとも言えない現状を歯がゆく思った。


(せめて、言葉が分かれば……!)


 そう考えたクラウスは(手元に防水バッグを抱えつつ)ほんの少しだけ身を乗り出して、エルマとオルケンの会話を理解しようと試みた。


「すーっ……」


 実際、エルマは何かを口に出す直前だったらしく、目を伏せて息を吸い込んでいる。

 ああ、その通り。

 目の前の相手に意思を伝えるだけなら不必要ななほどに、大きく息を吸い込んでいる。


「逃げてて!!」

「なっ!?」


 クラウスが驚愕の声を上げると同時に、それが轟音にかき消される。

 エルマがその脚を鞭のようにしならせ、先頭のオルケンを強襲したのだ。

 哀れな被害者はその膂力を真っ向から受け、手槍を取り落として背後へぶっ飛ぶ。


「Kono onna!!」


 当然、残る二人のオルケンは構えた手槍をエルマに向け、その穂先をもって彼女を貫かんと構えた。当然エルマは大きく身を引くが、間に合いそうにない。長大な彼女の下半身の、遅れて動いた先端が狙われている。


――少女の脚が、貫かれようとしている。


「やめろ!!」


 クラウスはそこで初めて気付いた。

 咄嗟に叫んだ自分の身体は、既に岩陰から飛び出してしまっていた。

 予想外の第三者の登場に、二人のオルケンが一瞬たじろぐ。

 反射的に、槍の穂先を向けてくる。


(まずい! あれを投げられたら……投げる?)


 それは、彼らが手頃な投げ槍をその手に携えているように。

 クラウスの手元にも、手頃な重量物があった。


――そう思ってからは早かった。


 それは、果物の入った紙袋の中身をぶちまけるように。

 クラウスは上開きの防水バッグを思い切り、ヤツらの方へ突き出した。

 そのまま倒れ込んで、地面にヘルメットをぶつけるころには――


「助かった、クラウス!」


 十分な重量の土くれが、オルケンたちの陣形を崩していた。

 彼らは咄嗟に身を引いて、土くれから距離を取ったのだ。

 エルマはその隙に、最初のオルケンが落とした槍を手に取っている。


「――――!!」


 宙を舞い落ちる防水バッグ。

 響くオルケンたちの怒声。

 一拍遅れて、彼らの脇にもう一つの中身が着弾する。

 それはまるで、開戦の銅鑼を鳴らすように。

 目覚まし時計が部品を散らして、壊れたアラームが喧しく鳴った。

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