エピソード1 若返り治療 -置いていく者と置いていかれる者-

エピソード1-4 妻の真意


「失礼いたします。」


僕は彩葉さんのデジタル意書空間に足を踏み入れる。




・・・




その後しばらくして葛城さんから連絡があり、ゲスト権を与えられること、またひとまずはモザイク処理状態で入っていただき、都度閲覧可能にするか判断する形で入出許可をいただいた。


僕はやっぱりゲスト権は付与できるんだなと思い、考えが確信に変わる。




・・・




入出してみると、本当に素敵な風景が広がる空間だ。


仕事を忘れてこんなところでのんびりしたいものだと思ってしまう。


「あちらがコテージですか」


僕は葛城さんから話があったコテージを指さす。


「そうです。入りますか?」


「お願いします」


僕たちはコテージに入る。




中はモザイク処理されている箇所が多くあり、ぱっと見は煩わしい空間だ。


だがこれは事前に伝えられていたことだ。


「壁には写真が思い出の写真が飾られているんですよね?見ることは可能でしょうか?」


「少し待ってください」




そういうと葛城さんは写真の内容を確認する。


次の瞬間、壁に施されたモザイクが消えていく。。。


そこには二人の思い出の写真が飾られていた。


程度の違いはあれど、どの写真も二人が幸せそうにしている印象を受けた。


「色々なところに行かれているんですね」


見ると、色々な国に行った際の写真と思われるものが見られる。


しかもロボットアバターではなく本人たちが移っているので、実際に足を運んでのことだろう。


「ええ、私たちには子供がいませんでしたから比較的自由でしたし、せっかくなら色々な思い出を作ろうということで。後半はロボット旅行になることもありましたが。」


「そうですか。それは素敵な時間でしたね」


そう僕が言うと、葛城さんは小さくうなづいた。


「これが例の日記ですね?」


私は小さな机に置いてある日記を指す。


「はい、そうです」


「中身を拝見してもよいですか?」


「やはり見ないとだめでしょうか?」


「できれば。前妻さんの思いに少しでも近づきたいのです」




少し考えた様子の葛城さんだったが、うなづくとモザイク処理を解いてくれた。


私はゆっくりと人気に目をやる。


筆跡は現実の筆跡をしっかりトレースしているのだろう。丁寧だがどこかかわいらしい文字が並ぶ。


書かれていることは概ね葛城さんがおっしゃったことに近い。


ただ僕はもっと重要な何かがないかと探していた。そして・・・


あった。。。


最後のページだ。


葛城さんがここで日記が終わっているという箇所だが、よく見るとページがはがされた痕跡が見える。




「葛城さん、ここみてください」


私は破られた痕跡がある箇所を葛城さんに示す。


「え?これって」


「おそらくですが、葛城さんがおっしゃていた箇所は続きがあるんじゃないでしょうか?丁度ページの最後だったのでわかりにくいですが、次のページに続きの文章があったと思われます」


「そんな・・・それじゃ続きはどこに?」


葛城さんが驚いた様子で僕に聞く。


「そうですね。。。今日この部屋でどこかに変化はありませんか?何か見かけなかった部屋や物体とか」


「え?変化ですか?」




そういうと葛城さんは周りをみまわす。


「いや、とくには・・・」


「なにか小さな変化でもいいのですが・・・」




さらに探すように僕は促す


葛城さんはもう一度部屋を見回す。




「あれ?この写真」


葛城はひとつの写真に目をやる。


「この写真は今までなかったような」


みるとそれは病室の一室のようだ。おそらく年老いた前妻と葛城さんの2ショット写真だ。


「そういえば一度看護師さんに撮影してもらったな。でもここには飾られていなかったはず。」


「その写真手にとせてもらってもいいですか?」


僕はそう尋ねると葛城さんは許可をくれた。


その写真を壁から取ると・・・壁には小さな空間があり、そこには・・・




「ノートがありますね」


そう僕はいうと、手に取り葛城さんに手渡す。


葛城さんはノートを開く、そこに書かれている何かの文章を黙って読み始めた。


しばらくすると葛城さんは目をつぶってしまう。


「こんな・・・彩葉・・・」


「どうかされましたか?」


僕が聞くと黙って私にノートを差し出してきた。


「拝見してもよろしいのですか?」


葛城さんは黙ってうなづいた。




・・・・




まず目に留まったのは先ほどの切られたいたページが、こちらのノートに張り付いていたことだ。




【もし私も若返り治療を受けていたらと考えてしまう。 夫は私がそういう自然に逆らう科学が嫌いだからと思っているようだけど、本当にそうなのだろうか。


ちがう。それだけじゃない。


もし若返り治療を受けて、再び人生の選択肢が増えた時に自分が何を考えるのかが怖いのだと思う。 過去の失敗を取り戻せるかもしれない、選びえなかった違った未来を進めるかもしれないと。 夫と歩んできた人生を否定してしまう自分がいるかもしれなくて怖かった。


夫は私に非常に良くしてくれた。それでもやっぱりあの時別の道を歩んでいたらと、夫と結婚しなかったらどうなっていただろうと考えてしまうことがある。


結局私は取り繕っているだけなのだろうか。


若返ることで夫との関係が壊れてしまうかもしれない。


こんな自分が怖くて結局若返り治療を受けることを拒否したのだ。


夫には悪いことをした。彼はもっと早くに治療を受けたかったはずなのに、私に配慮して遅れてしまったのだから。祐一ごめんね。】




・・・・




そこには葛城さんが悩んでいた事とほぼ同様のことが綴られていた。


「○○も私と同じように考えていたなんて」


葛城さんは大きくショックを受けているようだ。


おそらく純粋に○○さんは若返り治療が嫌いだからと思っていたのだろう。だが実際は葛城さんが思っていたように、若返りによって気持ちに変化がおこるのではと怖くなったことも要因だったのだ。


「結局○○は私と結婚したことを後悔していたのでしょうか?お互いに違う未来を想像していたなんて。」


そう葛城さんは心配そうに聞いてきた。


ただ私はノートにはさらに続きがあることに気づく。


「うーん、私はそう思いません。やはりお二人は互いのことを想うよい夫婦だったと思います」


そういうと、続きのページを葛城さんに見せた。




【○月〇日 いよいよ私の死期も近づいているように思う。正直日記を書くのもつらくなってきた。


綴れなくなるまえに、祐一に伝えておきたいことがある。


あなたがこれを見ているということは、誰かと一緒に来たということでしょう。


あなたは優しい人だから、この部屋にきてあなたを色々と困らせてしまったかもしれない。本当にごめんなさい。


この部屋をあなたに見れるようにしておきながら、何を勝手なことをと思われるかもしれないけれど、どうしても私がいたという痕跡を私自身で消すことはできなかった。私にとってここは大切な場所だから。それに、あなたに私という存在を忘れてほしくなくて。


しばらくは悩んでいた時期もあったけど、不思議と今は落ち着いているの。


やっぱりあなたと過ごした時間は私にとって幸せだったし、その時間が消えるわけではないから。


あなたは若返ることで新しい人生を手にすることができるはず。


だから気にしないで今の時間を大切にしてほしい。もし素敵な家族をもったのなら大切にしてあげてほしい。そして何よりあなた自身をあなたが大切にしてね。


最後に、私の最後まであなたが付き添ってくれたことに感謝しています。本当にありがとう】




「彩葉・・・」


小さくつぶやくと葛城さんは泣いていた。


私はそっとコテージを出て、葛城さんが出てくるのと待つことにした。




・・・・




「祐一・・・いつも私のそばにいてくれてありがとう。でももしも重荷になっているとしたら、無理はしないでほしい」


ふと・・・昔の記憶がよみがえる。いやたまに思い出してしまう記憶だ。




「先生」


声をかけられ、はっとする。


振り返るとそこには葛城さんがコテージから出ていた。


「ありがとうございました。」


「少し気持ちは落ち着きましたか?」


「はい、今日はここに来れて良かったと思っています」


「それはよかったです。」


「それで、今後なのですが・・・安楽死についてはもう少し考えさせてください。頭の整理をしたくて。」


「全然かまいません。そもそも安楽死は急ぐことではありませんから。葛城さんが納得いくまで僕はお付き合いします。」


「ありがとうございます。」


そう言うと葛城さんは深々とお辞儀をした。




・・・


その後、結局葛城さんは安楽死の選択はしなかった。病気で苦しむことにはなるだろうが、残された時間をしっかりと今の家族と過ごしたいとのこと。


それが彩葉さんの思いを紡ぐことにもなると思ったからだそうだ。


・・・




「お疲れ様でした。コーヒーをどうぞ」


アイナが温かいコーヒーを差し出してくれた。


「ありがとう」




「葛城さん、よかったですね。気持ちの整理もついたようで」


「ああ、そうだね。」


「あのひとつ聞いてもよろしいでしょうか?」


アイナがかしこまって聞いてくる


「なんだい?」


「先生はどうして彩葉さんが追加の日記を書いていると思ったのですか?」


「別に確証があったわけではないんだけどね。」


「彩葉さんはマメな性格のようだったし、日記は毎日記載していた。にもかかわらず日記が書けない様態になる大分前に日記が終わってたから続きがあるんじゃないのかと推測したわけだ。」


「なるほど」


「それに・・・カクメモのアクセス権も気になった。葛城さんにアクセス権を付与してただろう。個人的な思い出の場合、結構アクセス権は自分だけって人も多い。結局自身の死亡とともに消失させることも多いんだけど、今回は残っていたし。まるで葛城さんに見てほしいと思っている気がしてね。日記でなくても何かしらあるんじゃないのかと予想したまでさ」


「たしかに、そうですね」


「彼女は葛城さんが悩むこともわかっていたのだろう。だからゲスト権付与も用意しておいたんだと思う。」


「先生には驚かされます」


「いやいや、確証はなかったんだって。もしも思い違いで何もなければ葛城さんは安楽死の道を選んでいたかもしれないね」


「勉強になります。今後の解析に役立てるためデータベースに事象を登録してもよいですか?」


「ああ、もちろんかまわないよ。でも本当に人間の勘ってやつだから。データどうこうは役にたたないかも」


といったが、アイナは気にせずデータを熱心に整理しているようだった。




END

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選生士 ~安楽死を選択する者たち~ @komataro123

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