選生士 ~安楽死を選択する者たち~
@komataro123
エピソード1 若返り治療 -置いていく者と置いていかれる者-
エピソード1-1 152歳の訪問者
認証中・・・・
「東雲 悠理」年齢95歳
精神パターン検証中・・・・問題なし。良好。
認証完了
「どうぞお入りください」
そう落ち着いた女性の音声が聞こえると部屋のドアが開きと中へ招き入れてくれる。
「採光モードにして」
僕がそう命令すると、閉め切られていたカーテンが開き、さわやかな光が部屋へと差し込む。
白を基調としたインテリアは病院の待合室っぽいと言えばそうだが、もう少し家にいるような感覚を持ってもらうために、木目調も取り入れ、ある程度家庭的な機器や雑貨が置かれている。アットホームな雰囲気だ。
「いつもどおりコーヒーでよろしいですか?」
既に待機していたアンドロイドがそう尋ねてくる。
「ああ、たのむよ」
そう答えると、キッチンへいき、慣れた手つきでコーヒーを挽く準備を始める。
僕は黒色の椅子に腰を掛けテーブルにある棒状の機器を手に取る。
「今日の訪問者リストを表示」
ピっという電子音とともに、棒状の機器から空中ディプレイが映し出された。
「今日の訪問者は・・・」
写し出されたディプレイには訪問者のデータが表示されている。
葛城裕一、男性 152歳 東京区在住
カテゴリ プロダクター 職業 食品メーカー「和の素」に勤務
結婚歴あり。
基本情報のほか、訪問の経緯、事前に検査した健康状態、精神状態が表示されている。
「優秀そうだね」
プロフィールから見る第一印象をつぶやいた。
プロダクターとは今もフルタイムで働く人たちを指す。今の社会で働く側に入られるだけで優秀なのがわかる。しかもあの食品メーカーならなおさらだ。
「でも鬱判定はDか」
数値的にはまだ余地はあるが、中々の鬱状態になっているようだ。
それでここに足を運んだのだろう。
「コーヒーをどうぞ」
落ち着く笑顔とともに、アンドロイドが、いや「アイナ」という固有名詞がある。
固体識別番号で呼んでもいいが、味気ないので僕はきらいだ。
アイナがテーブルにカイルアコーヒーと英字でかかれたカップを置いてくれた。
「ありがとう」
「今日は先生の快眠レベルがやや低かったので、少し苦めのブレンドで入れてあります」
アイナがそう話し終える前に口に含んだコーヒーを味わう。
「ん。。。本当だちょっと苦めだね。でも嫌いじゃない。」
「ありがとうございます。以前行ってみたいと話されていたハワイのコーヒー豆をブレンドしています。」
そういい会釈するとアイナは元居た定位置へと戻る。
「気が利くね」
私はそう答えて、再び空中ディスプレイに目を通す。
何気なく話した過去の会話からコーヒーブレンドを作るのだから、にくい配慮だ。
・・・
しばらくすると、
「訪問者をお通ししてもよろしいでしょうか?」
再び彼女が口を開く。
「ああ。始めようか」
選生士。それが僕の仕事だ。
過去には無かった職業らしい。今や安楽死は世界的にも終活の一つの選択肢としてハードルは低くなっている。
そんな安楽死を希望する患者にカウンセリングをおこなうのが仕事だ。
選ぶ生と表現されているのは、たとえ安楽死希望だとしてもなるべく生を選択してもらうようにエスコートするのを主眼においているからだ。
倫理観的な意味もあるだろうが、そもそも相手の死へと導くのが目的になってしまうと、なりたい人も増えないからだろう。
安楽死の最終決定は本人に行ってもらう。
AIはその決定に介在することはできない。
AI・ロボット原則である
【ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。】
に反するからだ。
結果、この職業は今もなお人間の介在が不可欠となっている。
「訪問者をお連れしました。」
「どうぞ」
そう答えると僕が先ほど入ってきたドアが開く、アイナと男性が入室する。
「よろしくお願いいたします。」
中肉中背の男がお辞儀をする。
身長は175cm。さすがは再生治療をしているだけあって、見た目はやや白髪はあるもののおじいちゃんという感じではない。まあ壮年期くらいだろうか。
そんなことを推察していると、アイナがこちらへお座りくださいと男性をエスコートした。
「はい」
「葛城裕一本人でよろしいですね?」
「はい、そうです」
「わかりました。今のは証拠音声として記録させていただいていますので、ご了承ください」
本人であることを確認すると、さっそく話始める。
「今日は安楽死を希望して訪問ということでよろしいでしょうか?」
「はい、そうです」
「わかりました。ご存知かと思いますが、安楽死の最終決定は本人がおこないますが、その前に私共と一緒に状況を整理し、複数回の訪問と期間を経て最終決定していただきますので、今すぐに安楽死は選択できません。」
「はい、招致しています」
そう葛城は答える。非常にきびきびとした返答で、やはり優秀さが滲みでていると感じる。
「ありがとうございます。それでは早速ですが、まずは葛城さんがなぜ安楽死を選択しようとしているのかお伺いしたいと思います」
「急ぐ必要はありません。話せそうな範囲でお気持ちをや考えを教えていただけますか?」
「はい、、、えー、」
さっきまで明瞭な受け答えだったが、ここでは詰まっているようだ。
特に珍しいことではない。誰しも自分の考えや気持ちを打ち明ける場合は迷いながら話していくものだ。まして今日初対面の私に話すのだから。
「えっと、私は食品メーカーの和の素に努めているのですが・・・・」
・・・
私の名前は葛城裕一。和の素の管理者として勤めている。
和の素と言えば老舗メーカーで一流企業で知らない人はいないだろう。宇宙食、バイオ食品、合成食品、配合栄養食、アグリテックなど食事に関わる事業を多角的におこなっている。
私はそこ冠たる企業に入社時からずっと働いている。
AIによって効率化が始まり人員削減が進む中でも生き残ることができた。
同僚がどんどん辞めていくなか、会社で活躍できているという事実が私の自尊心を満たしてくれていた。
だがいつ頃からだろうか。老いの恐怖を感じ始めたのは。
昔よりも行動力も減り、また斬新なアイデアも、まるで脳みそに靄がかかったかのように思いつかなくなってきた。
別に今は働かなくても食べていける時代になっているし、そういう生活をしている人はめずらしくない。
だが私の自尊心がそれを許さなかった。
いや、、、怖かったのかもしれない。自分の衰えが。
自分もその他の人と同じように埋もれてしまうのが。
仕事以外で何を生きがいにしていきばいいのかが。
「やっぱり若返り治療を受けようと思っている」
そう妻に告げたのは私が丁度60歳になったときだ。
若返り治療は当時で特に珍しいものではなくなってきていた。出産適齢期を過ぎた女性が若返り治療で子供を主産したというニュースも最初は驚いたが、今では浸透してきている。
ただ無限に若返るわけではなく、高齢になるすぎると若返り効果も薄くなってしまう。
「今なら40代程度には戻れるようだし、今後も会社に貢献していくには最適なタイミングだと思うんだ」
「そう」
妻は私の想像よりも簡素に答えた。
その時の妻の表情はうるおぼえだ。かなしそうな表情をしていたのか、無表情だったのか。
「君はどうおもう?」
私は妻の考えを話してほしくて、そう催促した。
妻はしばらく間をおくと、
「あなたは今まで十分働いてきたし、お金も二人で暮らすだけなら十分にある。だから無理に会社で働くために若返り治療はしてほしくないけれど」
少しの間。
「ただあなたが本当に仕事が好きでそのために必要ということなら、私はあなたの意見を尊重するわ」
優しく微笑みながら、そう話してくれたと思う。
だが私には彼女の表情とは裏腹に、残念そうにしているようにも思えた。
「そうか。それで、その、君はどうする?」
そう聞くのには中々勇気が必要だった。妻は最近では珍しい自然派主義の考えをもっており、若返り治療は受けないと思っていたからだ。
出会ったころから私とは対極にある考え方で都度相違を感じることも多かったが、自然の流れを受け入れ、気取らない朗らかなな雰囲気に惹かれたのかもしれない。
「わたしは、、、辞めておくわ。やっぱり自然にこのまま年を取ろうと思う。」
予想通りの答えだった。
「そうだよな。そう話していたもんな。僕だけ若返ることになるけど。。。」
そこで少し言葉に詰まる。妻は察したのか、
「あなたと一緒に老いていけないのは残念ではあるけれど、夫婦であることに変わりはないわ。それに夫婦であっても個人の意見を尊重する時代よ。気にしないで」
そう妻は優しく語りかけてくれた。。。
後日。私は若返り治療を受けた。
もちろん一瞬で若返るわけではない、だが日に日に肌の艶が良くなり、体が軽くなっていく感覚を覚えた。
おどろいたのは白髪だった箇所から再び黒色の髪がでてきたこと。
不思議なものだ。体と精神は直結しているというが、鬱屈していた気持ちが軽くなり、やる気がみなぎってくるのを感じる。
正直もっとやはく若返り治療を受けても良かったのかもしれない。40代相当でこれなのだから、20~30代まで戻れればどんなに充実していたのだろうかと思うと少し悔しさも感じた。
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