お母さんからの手紙はありません

 愛する娘へ。

 高校入学おめでとう。もしくは卒業おめでとう、かな。

 それとも、既に社会人になってしまっているかしら。

 文面を考えている間にも、お母さんの周りは光の速さで進んでいます。

 何があったかは知っていると思いますが、当事者であるお母さんからも説明させてください。

 天の河進出計画。

 いずれ太陽系から旅立つ人類にとって、とても大切なプロジェクトに関わっていました。

 船舶を光子で包み、筒状のカタパルトから射出する事で光速移動できる航法システムです。

 お母さんは万華鏡のようなカタパルトの試作品を建造していました。

 完成間近になった時、本部からテストを行う事が決まりました。

 お母さん達は全身全霊をかけて作業していたので、事故などは起きないと自負していました。

 しかし、テストの日程が急遽早まり、最後の整備を終えたお母さんの鼻先を、小惑星の欠片が掠めていきました。

 月に飛来する小惑星は人工衛星のレーザーで撃ち落としているのですが、その日に限ってレーザーが小惑星の破壊に失敗したようなのです。

 散らばった破片は、すぐ近くのシャトルを穴だらけにしてしまいました。

 爆発を見て呆然としているところを、エナに引っ張られ、二人でカタパルトの砲身内に避難しました。

 無数の小惑星からは逃れられましたが、砲身内に光が満ちていきます。

  カウントダウンが始まってしまったのです。

 逃げようにも、頭ほどの大きさの欠片が通り過ぎていき、とても外に出れる状態ではありません。

 だから決断しました。

 プロトタイプの砲身内にある点検用のハッチを開けて、エナを押し込めました。

 彼女は一緒に入るように説得してきますが、それはできませんでした。

 一人分しか隙間がなかったのです。

 お母さんがハッチを閉めると同時に、文字通り光によって視界のみならず全身を包まれたところで意識を失いました。

 気づいた時には、カタパルトの外に、いいえ月の姿も見当たりませんでした。

 視界の隅で眩い灼熱の太陽が見えました。

 直視すれば目が潰される。咄嗟に反対方向を向いて光を避け、もう一度太陽の方を見た時には、影も形もありませんでした。

 自分の体を確かめてみると、怪我はしておらず宇宙服にも傷は見当たりません。

 呼吸ができることから無傷なのでしょう。

 一つだけ違うのは、宇宙服が黄色い琥珀のような色に輝いています。

 細かな粒子が腕やお腹から凄い勢いで後ろに流れていきます。

 お母さんは光になってしまいました。

 光は宇宙では遅いとも言われますが、生身の人間にとって秒速三十万キロは残酷です。

 何をしても止まらない体。その間に太陽系を飛び出し、自分が何処にいるか分かりません。

 でも美しい物も見つけました。

 丸い光が灯ったかと思うと、次の瞬間には大きく破裂していくのです。

 まるで大輪の花が咲くように、クルクル回した万華鏡のような光景。

 星の一生を生きているうちに見れるなんて。この時ばかりは光になった事を感謝してしまいました。

 お母さんはこのまま光となって飛んでいきます。

 何処まで肉眼に捉えられるか分からないけれど、酸素の続く限り、網膜に焼き付けようと決めました。

 心残りがあるとすれば貴女の事です。

 喧嘩別れをしてしまい、直接会って謝りたかった。

 それが出来ない事が一番恨めしいです。

 だからこうして今手紙を書いています。

 お母さんが今どういう状況か、そしてどれだけ貴女を愛しているか知ってほしくて。

 本当に帰りたかった。大きくなった貴女を抱きしめたかった。

 就職して、良きパートナーを見つけて幸せな家庭を築く貴女を見守っていたかった。

 でもそれは叶いません。

 だけど、悲観しないで。

 何度転んで膝を擦りむいても、貴女が進みたい道に進んでください。

 そして支え合えるパートナーを見つけてくださいね。

 もうひとつ。

 お母さんが月基地で出逢った人はカミジョウエナといいます。

 彼女が訪ねてきたら、怒らないであげてください。

 エナは自分のせいだと責める悪い癖があります。

 なので、自分を責めないでと伝えてください。

 最後に、光になっても変わらない事があります。

 それは貴女を愛している事です。

 お母さんより。


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