悩めるお后様と鏡の日常

taktak

一番美しいのは誰?

 これは遠い遠い国の話。

 大きな大きなお城のその中で。

 今日もお后様は人知れず不思議な鏡の前に立ちます。

 

 そしてお后様はこう呟きました。


「鏡よ鏡……この国で一番美しいのは誰?」


 すると鏡はこう答えました。

 

「……お后様、また何かあったんすか……?」


「……いいから早く応えなさい……。この国で一番美しいのは誰?」


「……美の基準なんて人それぞれじゃないっすか。一概に誰が一番なんて決められませんよ、美人コンテストじゃあるまいし。」


「誰に配慮してるんだい……。いいから早くおし!どうせ色々言った所で、答えは決まってんだから!」


「……はいはい……全く……。

 お后様、この国で一番美しいのは、貴方様ではなく白雪姫だと、もっぱらの噂です。」


「ああっ!忌々しい!なんて事だい!

 私がこの国に嫁いできた頃は、国民も兵士もみんなして私を、やれ王宮の薔薇だ、やれ深窓の令嬢だと囃し立てたくせに!

 結局若い子がチヤホヤされるんだ!」


「被害妄想っすよ……。それにしても荒れてますね。今日はどうしたんすか?白雪姫にでもバカにされました?」


「あの娘はそんな事しないわよ。良くも悪くも世間知らずだから、いつも通り、ふわふわしてるわ。」


「じゃあ何すか?更年期っすか?」


「そんな歳じゃないわよ!

 ……隣国の大臣が外遊にきたのよ。ほら、前にうちの旦那と、新国王の表敬訪問に行ったあの国、覚えてる?

 その時、あの大臣、私の事を散々、美人だ、美しいだなんて褒めて、今度ご訪問させていただいた時は是非二人きりで、なんて囁いたのよ?

 結構いい男だったから、あたしも、ちょっとくらいならいいかなぁ……なんて思ってたのよ。」


「一国のおきさきが何やってんすか。外交問題になりますよ?」


「うるさいわね!外交カードよ!……それがよ?アイツったら、いざうちの国に来たら、白雪にデレッデレなの!

 色目使って!胸チラチラみて!私の方なんか、ぜんっぜん見ないんだから!ああっ、腹が立つ!」


「王様が知ったら号泣しますよ……。

 いや……最初から相手はお世辞だったんじゃないっすか?

 向こうだって仕事で来てんすから、組みやすい相手に擦り寄りますよ。

 そういう意味では、お后様は手強いと思われたんじゃないですか?

 ある意味で評価されてんすよ。女性としてじゃなくて、王族としてですけど。」


「そこよ!私はシゴデキ女子として認められたいの!仕事も!女子力も!どっちも認められたいの!」


「……いや、気持ちはわからなくもないっすけど……。」


「私が普段、どれだけ苦労してるかわかる?

 密偵使って、隣国の流行りや新しい美容方法を探って!

 ついでに他の国の王族の弱みを握って!

 うちのボンクラ亭主が下手こかないように、貴族や官僚に、恋の駆け引き装って裏で手を回して!

 その忙しい中で、体型維持やお肌の手入れに時間かけて!

 私が毎日、どれだけ自分に時間と労力を投資してるかわかってんの!

 今回だって恥かかないように、三日前から睡眠時間削って用意して、待ち構えてたのに!あのクソ大臣!」


 お后様は、わぁーっと言いながらソファに突っ伏してしまいました。


「いったいどんだけ期待してたんすか……?まったく……。」


 鏡はそんなお后様の様子に呆れ返って溜息をつきました。


 

 でも、お后様が演技に疲れてさめざめと泣き始めると、優しい声でこう言いました。


「……お后様が誰よりも頑張ってんのは、私が一番よく知ってます。ずっとここから見てたんすから。」


 お后様は(若干芝居がかった感じで)ぐずりあげながら体を起こすと鏡を見つめました。


「毎日毎日、密偵の報告に目を通して、計画書を作って。

 使えない官僚やメイドの尻を叩いて回って。

 美味しくもない美容料理を無理やり食べて。

 でも結局お腹が空いて寝れなくて。

 新しく取り寄せたドレスの裾引っ掛けて、その日のうちにダメにして。

 私の前で、クマができてないか、シミができてないかと不安そうな顔をしながら、新作の化粧水でビシッと決めて……。

 毎日毎日、お后様が頑張ってる姿を、私はずっと見てましたから。」


「……か、鏡ぃ……。」


 お后様は潤んだ瞳で、鏡の方を見つめます。


「そんな頑張り屋のお后様が、この国で一番美しいに決まってるじゃないですか?

 その新しいリップ、よくお似合いですよ?」


 お后様は本当に涙を浮かべると、うわーんっと泣きながら鏡に縋りついてきました。


「あっ、ちょっ……!お后様!鼻水!鼻水が鏡につくと……曇るっ!」


「うるさいっ!少しは気を使いなさい!優しく抱きしめたらどうなの!」


「腕がないからムリっすよ!」


 ……………………

 

 お后様はしばらく感情に任せて泣きついていましたが、やがてスッキリした顔になると、鼻歌を歌いながら公務に戻って行きました。


 鏡は、やれやれと思いつつ、お后様は大変だなぁと思いました。

 

 そして、お后様がちゃんとお化粧を直してから公衆の面前に戻ったかどうか、お母さんのように心配してあげましたとさ。


 

 めでたしめでたし……?

 

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