6

 実家の小さな居間で、スニはサミと会った。サミはスニが海の王国に持っていった包みを返しにきたのだ。スニは蘇って以来、海の王国に行っていない。もちろんソリョンにも――会ってない。


 ドヨンとハナがどうなったかはもう聞かされている。どちらも牢屋から解放され、陸の世界に戻ってきたのだ。スニはそれを聞いてほっとした。


 そして自分はどうなるのだろう、と思った。自分には海の王を癒すという役目があったはずだが――あれはどうなったのだろう。また海の王国へ戻るのだろうか。今度はドヨンを連れていくわけにはいかないが。


 その点を、スニはサミに訊いた。サミはにこやかに答えた。


「あなたは立派に務めを果たしたではないですか」

「いえ、私は何も……」

「陛下の問題は解決されたのです。予言の通り、奇跡が起こったのですよ」


 サミはにこにこしている。スニにはどうもわからなかった。


「奇跡って……なんなのですか?」

「あなたがあの世から戻ってきたこと。考えてみれば、それはあなたの中にあったのです。あなたの中にあり、あなたのためにその力が使われたのです。うさぎの肝の話はなかなか言い得ていますね。肝はずっとうさぎの中にあり、うさぎを救うために使われた」

「たしかにそれは奇跡ですね」


 スニは言った。「あの世から戻ってきた」なんて! 私、幽霊か何かなったみたい! いや、でも、ちゃんと生きてるけど……。


 けれどもスニにはどうもわからなかった。


「海の王の問題はどうなったのですか? そもそも何が問題だったのでしょう」

「謎の生き物に変身することですよ。あなたも見たでしょう?」


 スニは思い出す。変身したソリョンの姿を。忘れようとしても忘れられぬその姿。長い首があって手足はひれで……。あれは何の生き物だったのだろう。


「陛下はずっと気に病んでおられたのです」サミが言った。「自分が他の者たちと全く違う姿に変身することを。気に病まれ、ほとんど変身なさらず、宮殿にこもって生きてこられたのです。陛下の秘密を知っているのは限られた、ごく一部の人たちだけでした。そして我々、過去を見る占師たちはその正体にうすうす気づいていたのです。おそらくそれは、太古の生き物だろう、と」


「太古の生き物?」

「そうです。うんと昔、今からずっと離れた、遠い遠い昔にいた生き物なのです」


 スニはあっけにとられた。ずっと昔に――あのような首の長い、不思議な生き物がいた、ということ?


 サミの話は続く。


「その生き物たちはもう滅んでしまいました……。今はおそらく、存在しないでしょう。けれども陛下がその生き物に、どういうわけか変身されるのですね。不思議です。ひょっとするとまたどこかに存在するのでしょうか――」


 サミが遠い目をした。少し黙ったあと、また口を開いた。


「それはわかりませんが、ともかく我々は陛下に申し上げたのです。その姿は太古の生き物の姿である、と。けれども陛下は我々の話を信じようとなさいませんでした。陛下の悩みは深くなられるばかりで、王位にお着きになられてからはいっそうでした。我々はそれをなんとかしたかった。そこであなたなのです」


 サミはスニを見てほほえみ、言った。


「未来を見る占師たちがあなたのことを予言しました。未来というものは――過去もですが――ぼんやりとしたもので、あまり当たらぬのですよ。でもそれでもよかった。我々は、陛下のお心をなんとかしたかったのです。その憂鬱から救ってさしあげたかった。陛下にもし――友人でもいらっしゃったら、お心が晴れるのではないかと思いました。奇跡なぞ、起こらなくてもよかったのです。あなたが陛下の良き友人となり、陛下を幸せにしてくださるのなら。ああ、それもまた、奇跡、ですね」

「私は――陛下の良き友人となれたでしょうか?」

「なれましたよ。陛下はあなたのことを気に入ってらっしゃった。もちろん今も」


 スニは赤くなってうつむいた。そうなのかな……そうだと……すごく嬉しいけれど!


「陛下は一部の人以外に決して変身後の姿を見せようとなさいませんでした」サミは言う。「でも今はそうではありません。陛下はおっしゃいました。私はもう漁師たちにその姿を見られたのだと。隠しても意味はない、と」


 サミは優しい目でスニを見つめた。


「これもあなたのおかげですね。あなたの――その、危機がなければ陛下は人前に変身後の姿をさらそうとなさらなかったでしょう」


「私は――」スニは恥ずかしがりながら、やっと声を出した。「それならばとても嬉しいのです。私が陛下のお役に立てたということが。海の世界に行ったかいがありました。……ところで、私と陛下は不思議な世界に行ったのです。そこには陛下とよく似た生き物もいました。あれは一体どこなのでしょう」

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