第四章 失われた世界
1
次の日から、スニは何事もなかったかのように占師たちの元で働いた。部屋に顔を出したスニに、ユソンもサミも心配してくれる。ユソンは今日は休んでもいいと言ってくれた。しかし二人とも、昨日の一件が何であったかは、説明しなかった。
昼下がり、スニがユソンにお茶を出しているときだった。部屋の外が何やら騒がしくなった。「どうしたのかしら」とユソンが言って、様子をうかがいに部屋の外に出る。スニも気になってついていった。
部屋の外では宮殿の使用人たちが固まって興奮気味に話をしていた。ユソンが尋ねる。
「何かあったの?」
「ユソン様。虎が出たのでございます!」
「虎……?」
ユソンがあっけにとられた声を出す。この海の王国には虎はいないはずだ。虎に変身するものもいない。
虎! スニはぎょっとした。虎に変身するものなら、陸の世界に何人もいる。お嬢様もその一人だ。まさか、お嬢様が!? お嬢様がここに来ているの!?
「陸からの使者なのでございます」使用人はユソンに説明した。「突然訪れたのだそうです。こちらから招いたわけでもない、突然の訪問でしたので、海の役人たちともめてそれで使者は虎に変身し――」
「おかしいわね。海を移動する乗り物を作れるのは海の人間たちだけよ」
ユソンは眉をひそめた。そして振り返って、スニに言った。
「何が起こったか、調べてくるわ」
そうしてユソンは足早に場を去った。スニと使用人たちが残された。スニは不安でいっぱいだった。虎……お嬢様……いや、虎に変身できるのはお嬢様だけではないけど……。
「それでその虎はどうなったのですか?」
スニは使用人の一人に尋ねた。男の使用人が安心させるように、スニに言った。
「捕まったそうだよ。牢屋に入れられたそうだ。だから大丈夫。私たちが襲われることはない」
捕まった! スニはますます恐ろしくなった。そして牢屋に入れられ……まさか、お嬢様がそこにいるわけではないでしょうね!
スニはそっとその場を離れた。小さな声で呼びかける。「ドヨン様、ドヨン様……」とりあえず、ドヨンに相談したかったのだ。けれども返事はない。
スニは着ている服をはたいたり揺すったりした。けれども小さなてんとうむしは出てこない。どうやらドヨンはいないようだ。いつからいないのだろう。今日は一度も……姿を見ていない。
スニははたと恐ろしい考えに行き当たった。昨日、スニが襲われそうになったことにドヨンは怒っていた。ひょっとしたら陸の人々に昨日の事件を報告に行ったのかもしれない……。それでお嬢様がやってきて……。ユソンが言うように、海の世界の者しか、あの不思議な乗り物を作れないけれど、ドヨンはヨンギル辺りを味方につけたのかもしれない。
ヨンギルは陸の世界の者たちに親しみを抱いていた。もしかしたらこちらの手助けをしてくれることもあるかもしれない。
スニは走り出していた。お嬢様を助けなくちゃ! そのためには……力になってくれそうな人が、一人はいる!
――――
スニが向かったのは王の執務室だった。けれどもさすがにすぐには入れなかった。家来に通せんぼされてしまった。もめていると、中から王が、ソリョンが出てきた。
「スニ――」
スニの顔を見て、ソリョンは驚いたようだった。王の執務室の場所は知っていた。けれどもこうやって訪れるのは初めてだ。
「陛下! お願いがあってまいりました! 牢屋に閉じ込めたという虎を出してあげてください!」
「虎……。ああ、陸の使者が来たという話か。私はまだ会ってないのだ。これから会うところだ。どうした、スニ、その虎はそなたの知り合いなのか?」
「そうなのです!」スニはすぐに答えた。いや、まだお嬢様とは決まったわけではないけど……。でもお嬢様かもしれないから! 「私が陸で仕えていた方なのです!」
「使者は二人いたそうだ」静かにソリョンは言った。「ハナと名乗る若い女性とドヨンと名乗る男性だよ」
「……!」
やっぱりお嬢様だ……! スニは血の気が引く思いがした。そうではないかと思っていたけれど、やはりそうだった……。スニはもう一度、ソリョンに向かって強く言った。
「やはり私のお嬢様です。二人とも牢屋にいるのですか?」
「そうだ」
……ドヨンはてんとうむしになれるので、なんとかして脱出できるだろう。けれどもハナは……。お嬢様は虎だから無理だわ……。お嬢様、なぜここで虎に変身してしまったの……。お嬢様はかっとなりやすいところがあるから、海の人間たちともめて、ついうっかり、なのでしょうけど……。
「彼らはなぜ、ここに来たのか? スニ、かの使者がそなたの主人なのだというなら、何か事情を知っているか?」
「それは……」
それはおそらく、昨日の事件のせいだ。でも陸の者がどうしてその事件を知っているのか、それを説明するとドヨンがこっそりこの王国に入り込んでいたことを打ち明けなければならない。スニは迷った。ドヨンの立場が悪くなってしまうのは困る。
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