6
「そう。前の王は賢いタコで、前の前の王は老練なカキで」
「では、新しい王様はなんなのですか」
スニは尋ねた。そういえば、今の海の王が何に変身できるのか、知らない。その言葉に、ハナとドヨンがはっとして顔を見合わせた。
「それは――」言いづらそうにハナが言った。「私たちもよく知らないのだよ」
――――
スニは面食らった。王が何に変身するか――知らない? 教えてくれないのだろうか。王が尊い存在だから、みだりにその情報を公開してはならない、と。
「教えてくれないのですか?」
スニは尋ねた。でも不思議だ。前の王と前の前の王が何に変身するかは知ってるのに。
「そう――、王子だった頃からだ。他の王族の者たちが何に変身するか、私たちは知っている。向こうが教えてくれるからだ。けれども王に関しては何も言わない――」
ハナは首をひねった。「これがどういうことなのか、私たちにはよくわからない」
「いくつかの噂はあるのだ」
ドヨンが言った。「何か……大きなものであるらしい。こう、長いもので……」
「海蛇でしょうか?」
スニが尋ねる。ドヨンもまた首をひねった。
「いや……海蛇にしては大きすぎるらしい。ひょっとしたら、我々の知らぬ巨大な海蛇がいるのかもしれない。それならばなぜ、それを隠すのだろうな?」
「もしくは変身できないとか――」
ハナが横から言った。スニは驚いた。
「変身できないなんて!」
そんな人間がいるなんて――そんな話、聞いたこともない! どの人間も、何かの生物に変身できるのだ。スニはふと、あることに思い当たった。
「ひょっとして……王様の抱えている困難とはこのことなんでしょうか?」
「さあ、わからないね」
ハナが肩をすくめた。
変身できないとしたら……それはとても辛いんじゃないかしら、とスニは思った。みんなができることが、自分にだけできない――それに、同じ生き物に変身できる者たちとの絆は大事なのだ。スニも小さいときから、うさぎたちが集まる学校に通い、そこでたくさんの友人たちができた。
「変身できないとしたら……」考え考え、スニは言った。「だとしたら、一体どこの学校に通うのでしょう」
「学校には通わないんじゃないか?」あっさりとハナが言う。「王家の跡取りという、特別な存在なのだ。宮殿の中で、家庭教師から個人授業を受けるのだろう」
「なんだか寂しくありませんか?」
「でも王子とはそういう存在なのだし……。私たちには不思議に見えるね。私たちの世界には王族などいないから。私たちの代表は私たちが選ぶもの。一体どうするのだろうね、もし跡取りの王子が王にふさわしくない人物だとしたら」
「その時は周りの役人や家来たちが支えるのだろう」
ドヨンが言った。ハナはついと、視線を窓に向け、吐き出すように言った。
「おかしなところだよ、海の王国というのは」
そして今度はスニのほうに顔を向けた。
「ところでスニ。お前は本当に――海の世界に行きたいのか?」
「……はい」
少し迷った。そしてその後に少し遅れてつけたした。
「行ってみようと思います」
きっぱりとした口調だった。スニの揺れていた心はだんだんと落ち着きつつあった。海の王国に行ってみよう。そこに何が待っているのかはわからないけど……私が必要とされているのだから。王様が困っているのだから。
スニの心に、海の王に対する同情心がわきあがってきたのだった。王様ってどんな方なんだろう。私と年もそんなに離れてないから――ひょっとしたら、仲良くなれるかも?
うさぎの肝を欲しがっているかも……うさぎの肝を食べれば、変身ができるようになるとか……ううん、それはないって、使者の人も言ってた!
スニは不安を打ち消そうとした。けれども、それは心の底に残った。なので、スニは、おずおずとハナに尋ねた。
「あの……伝説のうさぎは……どうなったんですか?」
「ちゃんと陸に戻ってきたよ」
よかった! ハナはほっとした。食べられることはなかったんだ! でもどうして……王様がうさぎをかわいそうに思ったのかな。
「どうして戻ってこれたのですか?」
スニの二つ目の質問に、ハナはくすっと笑った。
「うさぎが海の王をだましたのだ。肝は今、自分の体の中にない、それは陸へ置いてきたのだ、と言ってね。そして肝を取りに行くと言って陸へ帰ったのだよ」
「まあ! それは――よく信じてもらえましたね!」
肝を置いてきたなんて――そんなこと、とてもありえそうにないのに!
「海の王はおろかなのかな。それともとても信じやすい純粋な人なのか」
ハナはくすくす笑っている。ドヨンが真面目な顔で言った。
「よい家来がいなかったのかもしれない」
スニはそんなドヨンを見て、少し面白く思った。ドヨンは生真面目で、忠義一徹な人物なのだ。
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