第十一章 星見の丘と古の囁き

時任の言葉は、私の中に新たな目標を植え付けた。「天と地が交わり、星々の力が凝縮される聖地」――瑠璃色の羽根の源泉。そこへ行けば、この不可解な現象の核心に迫れるかもしれない。そして、倉持栞さんを悪夢から救い出すための手がかりも。


私はまず、古文書や地方の伝承に当たってみることにした。暦さんに相談すると、彼は書庫の奥から埃を被った数冊の文献を持ち出してきた。それらによると、この国には古来より「星見(ほしみ)」信仰と呼ばれる、星々の運行を神聖視し、特定の場所で祭祀を行う風習があったらしい。そして、いくつかの文献には「星降りの丘」や「天鳥(あまどり)の止まり木」といった、瑠璃色の羽根を連想させる記述と共に、特異な地磁気が観測される場所や、古代の祭祀場の遺跡の存在が記されていた。


並行して、溝呂木さんにも「聖地」候補となり得る場所の洗い出しを依頼した。彼は元刑事のコネクションを使い、公になっていない地質調査のデータや、曰く付きの土地に関する情報を集めてくれた。


そんな中、栞さんの容態は依然として予断を許さない状況が続いていた。悪夢はもはや彼女の現実を侵食し、衰弱は日に日に進んでいる。彼女が途切れ途切れに語る悪夢の断片――『黒い太陽』『七つの螺旋』『鏡面の祭壇』――は、まるで古の神託のようにも聞こえ、私の調査と奇妙な共鳴を示し始めた。


特に「七つの螺旋」という言葉は、暦さんが見つけ出したある古文書の記述と一致した。その古文書には、「星見の丘」と呼ばれる、かつて天文観測と星辰崇拝の中心地だった場所の略図が載っており、そこには七つの螺旋状の石組みが描かれていたのだ。その「星見の丘」は、現在の行政区分では隣県の山深い地域に位置し、地図にもほとんど載っていないような秘境だった。


「ここだ……」


直感が告げていた。瑠璃色の羽根の源泉は、この「星見の丘」に違いない。


私は時任の店を再び訪れた。「星見の丘」について尋ねると、彼は薄く微笑み、こう言った。

「ほう、辿り着いたか。あの場所は、古来より『異界の交差点』とも呼ばれている。そこでは、人の魂が最も無防備になり、同時に、最も純粋な力を引き出されるという。……お嬢さん、君があの羽根の真の力を欲するのであれば、相応の覚悟が必要だよ。それは、君自身の魂を試す旅になるだろうからな」


彼の言葉は、警告とも激励とも取れた。彼は私に何かを期待しているのか、それとも、ただ私の運命を傍観しているだけなのか。その真意は、まだ読めない。


「星見の丘」へ向かう決意を固め、私は準備を始めた。登山用具、数日分の食料、そして何よりも、薬草や毒物に関する知識と、それらを活用するための道具一式。万が一に備え、スタンガンも改良し、出力を上げた。


溝呂木さんは、私の計画を聞くと、呆れたような顔をしながらも、「そんな場所に女一人で行かせるわけにはいかねえだろうが。俺も行く」と、半ば強引に同行を申し出た。彼の申し出は心強かったが、同時に、彼をこれ以上危険なことに巻き込んでいいものかという迷いも生じた。だが、彼の意志は固いようだった。


出発を明日に控えた夜、アパートの自室で最終確認をしていると、不意に窓ガラスを何かが引っ掻くような、鋭い音がした。慌てて窓を開けるが、外には何もいない。ただ、窓枠に、真新しい傷跡が数本、まるで獣の爪で引き裂かれたかのように残されていた。そして、その傷跡からは、微かに、これまで嗅いだことのない、どこか金属質で獣じみた匂いが漂ってくる。


瑠璃色の羽根とは異なる、新たな脅威の出現。それは、私が「聖地」へ近づくことを快く思わない何者かの警告なのかもしれない。


背筋に冷たいものが走ったが、私の決意は揺らがなかった。むしろ、行く手を阻むものが現れたことで、この先に何か重大な秘密が隠されているという確信が深まっただけだ。


倉持栞さんの虚ろな瞳と、時任の謎めいた微笑み、そして窓に残された獣の爪痕。それら全てが、私を「星見の丘」へと駆り立てていた。


私は、瑠璃色の羽根を一枚、お守りのように胸ポケットにしまい込み、静かに夜明けを待った。未知なるものへの好奇心と、すぐそこまで迫る危険の予感が、私の心を奇妙な緊張感で満たしていた。

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