運命とダンスするのさ

とーじょう

第1話 フォルトゥナ

 その夢はお茶会。待ち合わせは真っ暗な場所で。


 今宵のお相手はただの高校生。けれど、無限の可能性に満ちているの。


 招待状を渡したわけでもなく、言葉にして伝えたわけでもない。でも、そう願えばきっとここにやってくる。そう確信して行く。


 けれども、待ち合わせ場所にはこちらが先に到着してしまったみたい。デートならば減点対象だけれど今回だけは見逃すことにした。


 魔法をかけるみたいに指を鳴らせば、どこからか一筋の光だけが降り注ぎ、アンティーク調のラウンドテーブルと二つのチェアを輝かせる。


 その一つに腰を掛けて落ち着いていると、かつかつと探るような足音が近づいてきた。


「……なんだここ。埃舞っているし、室内だったのか?」


 声の主が闇と光の境界線の手前に立てば、周囲を見渡してそう呟く。


 一人の青年がこのお茶会にやってきた。誰もいない世界に困惑するどころか、雰囲気を壊すような分析をする。


 嫌いじゃない。



「まだわたしが見えていないみたい。それもそうね」



 簡単に見つかるわけがない。今回だけは、特別に教えてあげてもいいけど。


「ふふっ……」


「ッ⁈」


 こちらの巧笑にすぐに気付き、彼は鋭い視線を向けてきた。普段冷静な彼も、急に誰かが現れれば心が乱れてしまうのは仕方のないこと。


「………誰だ?」


「あら、そんな怖いまなざしを向けないでちょうだい。せっかくのデートが台無しよ?」


「デート?悪いけど、全然状況が飲み込めないな。ここはどこで、お前は誰なんだ?」


「自己紹介が必要なの?もう、ひどいわ」


「はぁ、変な人だな。帰らせてくれ。俺は訳のわからないコスプレしている奴に関わりたくはないんだよ」


 半開きの可愛いお口は少し生意気で、わたしが選ぶに相応しい人。


 もしかすると、あなたにとってわたしの存在なんて必要ないのかもしれない。ずっと見てきたんだもの。頑張り屋さんなあなたを。


 でも、きっとあなたはわたしを欲しがる。表面ではそう思っていなくても。


「こう言っても?」


「ん?」


 自由に生きるだけのわたし。与えるも奪うも、すべてに選択肢をもったわたしは傍観者でいるつもりはないの。いつでも、だれかの敵であり続けるしだれかの見方であり続ける。


 ただ、気まぐれなだけ。



「わたしはフォルトゥナ。運命の女神なの」



 それを聞いた瞬間、彼の目の色が変わる。



「へえ?」



 経営者として世界中で名を馳せている人間。プロスポーツ選手として類まれなる才能を持った人間。大事故の中ただ一人だけ生き残ることができた人間。自販機で当たりを出した人間。


 大小関係ない。全世界の人間たちが渇望し続け、努力を極めて成功した人間ですら何度も掴むことすら出来ない再現性ゼロの奇跡の要素。それが運。


「運命の女神様ね」


「そうよ」


 彼は先ほどと変わらない足取りでわたしの目の前までやってくると、何も言わず嘗めまわすかのように全身を見つめ、その後空いているチェアに座った。


「なるほどね。俺は、選ばれたわけだ」


 足を組んで前のめりになると肘をつき、唇に手を添えて再度こちらをじっくり見て片頬に笑みを浮かべた。


 ここでほとんどの人間はわたしに陶酔して首を垂れるのだけど、やはりこの男は一味違う。わたしを前にしても主導権は自分が握ってやると思っているのだ。


「ええ。わたしがあなたを選んだのよ」


「ふぅ~ん。それで、ここはどこだ?」


「ここはあなたの夢の中。夢とはあなたが主演であり観客でもあるの。この場合だと、今までは主演ってだけだったけど、今はもう観客としてこの夢を見ていることになる。明晰夢っていう言葉が正しいのかしら」


「面白いな。目の前の役に没頭していたら夢だと気付かないけど、まるで舞台セットのような世界は俺たちに違和感を教えてくれる」


「そう。でもあなたは最初から疑っていたわね」


「で、何故俺が神の夢なんて見ているんだ?俺は疲れているのか?」


「わたしがあなたの夢に強制的に介入しているだけよ」


「本当かよ。夢なんて俺の頭が勝手に作り出した妄想なんじゃねえの?」


 確かに誰であってもわたしが言うことが嘘くさいと、一度は思うもの。そもそもこんな夢を見ている時点で、現実で生きることにストレスを感じている可能性のほうが高いのだから。


「なら、あなたに会いに行ったら信用してもらえるのかしら?」


「……何言ってんの?」


 眉をひそめてわかりやすく不満を示す。コロコロ変わる表情は可愛らしくて仕方がない。


「夢は夢。現実は現実。わたしがあなたの頭の中の偶像ではないことを証明してあげるって言っているのよ」


「そっか。じゃあ、楽しみにしとくよ」


「あ、待って」


「何だ?」


 立ち上がってどこかへ行ってしまいそうだった彼を引き留めれば、わたしはまた指を鳴らした。


 すると、ラウンドテーブルの上にティーセットが出現した。湯気が出ているポットからは紅茶のいい香りが彼の鼻腔に届き、生意気な口は緩み小さな子供のような声のトーンに変わる。


「お、紅茶じゃん」


「ローマ神話には紅茶はないけれど、わたしが個人的に好きなの」


「俺とどっちが好き?」


「紅茶よ?」


「おいおい、そこは嘘でも俺って言ってくれても良いんじゃないの?」


「ミルクはいるかしら?」


「無視かよ」


 両手を宙に払った彼が何事もなかったかのような態度で再びチェアに戻る。このお茶会に特別な意味はない。興味本位で呼んでみただけだから。


 今日からあなたは普通の人生を歩むことを止め、このわたし『運命の女神』の恩恵と弊害を享受し続けることになる。ずっと良い方向へ進むとは限らない。


 あなたはそんなこと露にも思っていないみたいだけどね。



「さあ、運命に乾杯しましょう」



 そんな夢のお話。

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