鉄屑少女は騎士を名乗った

 雑貨屋店主の妹にして看板娘、ティアマータは非常に出来た少女である。

 普段から『一家の家事は自分が取り仕切るのだ』という勢いで率先。早朝から塵ひとつ見逃さない、こびりつく汚れなど洗い尽くす、腹の虫など鳴ることを許さない姿勢で炊事洗濯掃除料理を楽し気に片付け、店頭で頼りない兄よりもずっと愛想よく輝く笑顔で店番までこなしてくれている。

 兄目線かつ父親目線でどこに出しても恥ずかしくない妹だが、同時にそんな日が来たら自分の涙腺は耐えられるのか少々自信がなかったりする。


「お~い、テア~」

「あれ兄さん、何か忘れ物……」


 遠くからも目を引く銀髪の妹に声をかける。箒仕事の手を止めたティアマータは驚いたように振り向いて声をすぼめる。

 兄が背負っている、もとい、右肩に俵抱きして担いでいる硬質の物体に気付いたせいか目を丸くする。


「あの、兄さん、それは……?」


 いつも絶やさぬ笑顔の妹が非常に困惑顔をしている、ニルサムにしても愛らしい妹の憂いを完全に祓う言葉を容易に操れなかったため、まずは事実を端的に述べる。


「森で拾った」

「……しかるべき場所に捨ててきてください。大きなごみの日は」

「言いたいことは分かるが、これは粗大ゴミじゃないんだ」


 ニコリともせず鉄屑の対処法を真顔で言った妹に説明を補足する。担いだそれをクルリと返して地面に横たえる、さすれば錆色の塊からこぼれたのは朝日を浴びて輝く黄金の一筋。


「どうもこれに入ってるのは女の子のようなんだ。悪いが鎧を引っぺがしてやってくれ、女性に対して俺がやると障りがある」

「…………分かりました」


 何やら大きなため息を吐いて妹は了承してくれた。まあ気持ちは分かる、何故こんな時代錯誤の鎧を着た女の子が森の中を歩いていたのか、心優しい妹であっても意図が読み取れず呆れてしまったのだろう。

 実に手際よく鎧を外していくティアマータによって剥き卵の如く、鎧中の少女は救出された。

 改めて敷き詰めたシーツに横わたる少女を観察する。年の頃は彼の妹と同程度、長く束ねた金色の髪に強めな主張をしている眉、厚手の肌着を着込んだ装いにうっすら汗を浮かべ少々紅潮した顔色は鉄の塊を着込んで歩き回っていたせいだろう。

 鉄から解放されたのが功を奏したのか、程なく謎の金髪少女は閉じられた目を開いて身を起こす。


「水だよ、飲めるかい?」

「んぐっんぐっ、ぷはーっ! んー、生き返ったです!」


 すかさず冷水の入ったカップを手渡すとおずおず口に運び一挙に飲み干した。干からびていたような彼女はカップ一杯の水で元気陽気を取り戻したらしい。その場ですっくと立ちあがり、そのまキョロキョロ見回して、ごもっともな疑問を投げかけてきた。


「あの、ここはどこで、あなた達はどなたです?」

「ここはカルデナルの町の雑貨屋で、俺は森で倒れていた君を拾った者だ」

「え……あ、なるほど! そういえば気が遠くなったような覚えあるです!」


 ポン、と手を打つ仕草が愛らしい。なんともコミュニケーションを全身を行っている彼女はおそらく悪人ではあるまいとの印象をもたらしてくる。


「つまり助けてくれたんですね、ありがとうございますです!」

「ああうん、ご丁寧にどうも」

 

 綺麗な姿勢を深々頭を下げてくる彼女。礼儀正しさにも育ちの良さが滲み出ているのだが、そうなると益々彼には分からなくなる。

 彼女は森で何をしていたのか、というか何がどうなってああなっていたのか。


「それで、えー、あー、君は、その」

「あ、失礼しました! ボクはシルヴィンと言うです! 親しい人にはシシィと呼ばれていますです!」


 改めて姿勢を正し名乗った少女シルヴィン。ニルサムは親しい間柄ではないので愛称で呼ぶ機会はないと思う。


「あー、それでシルヴィンさんは、どうして森の中で行き倒れて?」

「森の怪物退治に来ましたです!」


 怪物退治、どこかで聞いたフレーズにニルサムは軽い驚きを発する。マイケルが聞いたのは勇者到来の噂、それをさらに推測で固めた予想だ。

 その文言がまさか見知らぬ少女の口から飛び出すとは、彼は慎重に探りを入れる。


「怪物、とは?」

「えっと、カルナーの森に源流のある川、ナディーラ川を知ってますです?」

「ああ、それはまあ」


 カルナーの森は『魔の森』と呼ばれている。

 魔力が満ちて魔物が生息しているのも由来のひとつだが、大陸の北方域を占める超大森林であり、また起伏も激しい魔境であるのも大きい。

 ナディーラ川もまた森がもたらす自然の恵み、下流地域に水産資源の恩恵を与えているのだが。


「そのナディーラ川で魚がいっぱい死んでるらしいです」

「ほう、魚が」

「騎士団も調査を開始したらしいんですが、ボクは閃いたです」


 真剣な顔でシルヴィンは断言した。


「この状況、建国王の一説『毒蜥蜴』の一説にそっくりだと」


 それは勇者にして建国王の逸話。

 カルナーの森に毒を吐く魔物が現れ、森の木々を枯らし水を汚したという。流浪の剣士ラーデンは森奥に住まうエルフと協力し、毒蜥蜴バジリスクを退治したのだ。

 後の勇者ラーデン物語の序章、そして建国記のはじまり。


「以来王国はエルフと今も変わらぬ友諠を結んでいるのです──だったか」

「はい。その一節と似てると思って、騎士のボクは居ても立っても居られなくて」

「え、シルヴィンさんは騎士なの?」

「こうしてご先祖様の鎧と剣を引っ張り出して駆け付けました」


 色々経過が吹き飛んでるような結論にどう反応したものかと迷うニルサムの後ろで小声がぼそり


「兄さん、この子色々駄目そうです」

「テア?」


 心優しいテアにしては意外な感想が漏れてきた。そして困ったことに彼も多少は共感してしまった内容なので否定しづらいのは参った。


「やっぱり捨ててきた方が……」

「テア???」

「慣れない旅に倒れてしまいましたがもう大丈夫、お世話になりましたです」


 常にない態度の妹を不思議に思いつつ、何故そう思うのかを問う前に問題の少女が動き出す。

 再び綺麗に頭を下げ、まるでそのまま森へと突撃しそうな気配を感じ取りニルサムは慌てて制止する。


「あー、シルヴィンさん、ひとつ聞きたいことがあるんだが」


 実際はツッコミ入れたい箇所はもっとある。本当に騎士なのか、またあのブリキ鎧を着て森の魔物に挑むつもりなのか、そもそも森の探索に対する備えをするつもりがあるのか等気になる点は山盛りなののだが、取り立てて分かり易い疑問。今にも走り出しそうな少女を止めるための簡単な疑問。


「ナディーラ川はもっと西の方なのに、どうしてあんな場所をうろついていたんだ?」

「……へ?」

「やっぱり駄目でしょう、この子」


 ビックリどんぐりまなこの金髪少女に妹が呆れのため息をついた。


******


「なるほどお……あの川は別の川だったですか」

「あの辺りは山からの雪解け水が源流の川だからな」


 頭痛をこらえる態でニルサムは親切丁寧に、シルヴィンが倒れていた場所はそもそも彼女が目的としていた場所とは見当違いだったことを説明して差し上げる。

 元より地図などというものは国益を左右する重要情報。町民が簡単に手に入れられるものではないが、その上カルナーの森は広い、広すぎる。よって全容を示す地図などこの世に存在するかどうか。

 ただし森の資源で生計を立てているものは出入りする場の地形を知悉していたりするものである。


「カルナーの森に挑むならもっとちゃんと装備を整えるべきだし、そもそも入り組んだ奥なら単身で向かうなんて止めた方がいいんだがな」


 他人の行動を制限する理由も権利もない、それでも拾った者の責任として一応の忠告はしておく親切なニルサム。普段から単身で採取に入っている兄さんの言えたことではないでしょう、そんな視線を背中に感じる兄である。

 兄はいいのだ、妹との豊かな生活に必要であれば無理でも無茶でもないのだから。

 元気溌剌猪突猛進の気配に満ちていた少女だが、行き倒れを拾ってくれた恩人の言葉は素直に聞き入れたようで静かになっていた。頭を抱えて何やら考え込むこと数秒、


「あの、ひょっとしてニルサムさんは森にお詳しいです?」

「まあ商売柄」


 多少自惚れるなら他の採取人よりも森に詳しい自負はあった。亡き父が警備隊長として森の見回りをしていたことを継いだ気持ち、妹との生活を守るため全力を尽くしたのが合わさった結果だとニルサムは誇らしく思う。

 しかし、それが次なる言葉に繋がるとは。


「ニルサムさん、お願いがあるです」

「はい?」


 今にも走り出しそうだった少女の真っ直ぐな瞳が今ではニルサムを捉えている。食い入るように、何やら必死な思いを覗かせて。


「ボクをナディーラ川まで連れて行ってもらえないですか?」

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