不法投棄の代償

ダイスケ

不法投棄の代償

静かな住宅街の朝。


井上誠司の家の門前に、無造作に捨てられたペットボトルが朝日を浴びて光っていた。


「また、か」


誠司は眉間にしわを寄せた。


三日前から続く不法投棄。


傍若無人な行為に対する怒りが、彼の中で静かに燃え上がる。


元鑑識課の男が黙って見過ごすわけにはいかない。




帰宅後、誠司は研究室と化した書斎へと向かった。


かつての職業道具が並ぶ棚から、指紋採取キットを取り出す。


ペットボトルの表面から丁寧に指紋を採取し、飲み口からはDNAサンプルを集めた。


「科学の力で真実は必ず明らかになる」


そう呟きながら、彼は作業を続けた。




翌日、誠司は某マンションの一室のドアをノックしていた。


「どちら様ですか?」


と開いたドアの向こうには、二十代後半と思われる男性が立っていた。


「佐藤慎也さんですね。あなたが昨日、ポイ捨てしたペットボトルの件で」


男の顔から血の気が引いた。


「な、何の話ですか?」


「昨日、私の家の前に捨てられていたこれです」


誠司は証拠品のペットボトルを取り出した。


「あなたの指紋とDNAが確認できました」


「ちょ、冗談でしょ?」 


佐藤は明らかに動揺していた。


「それにあなた、警察の人間なんですか?」


「いいえ、元鑑識課です」


「じゃあどうやって俺の指紋やDNAの情報を...」


「超能力です」


誠司は真顔で答えた。


佐藤は一瞬言葉を失った。


目の前の男は明らかにおかしい。


しかし、自分の犯行を言い当てていることも事実だった。


「たかがペットボトルのポイ捨てくらいで、ここまでするか……」


「たかが、だと、コノヤロウ!」


誠司は佐藤の胸ぐら掴み、


「やってることは、不法投棄じゃねぇか、コノヤロウ!」


あまりの剣幕に、佐藤はかすかに震え始める。


それにもお構いなく、


「貴様のポイ捨てで、うちの景観が損なわれたんだ、コノヤロウ! てめえの目ん玉くり抜いてやろうか、コノヤロウ!」


誠司の目は本気だ。


佐藤はこれ以上抗うと、大きな損失があると察知した。


「あの...謝ります。もう二度としません」


「謝罪だけでは済まねぇそ、コノヤロウ!」


誠司は厳しい表情で告げた。


「罰則だ、コノヤロウ! てめぇの指紋を消去するぞ、コノヤロウ! DNAは日替わりで変わるぞ、コノヤロウ!」


佐藤は笑いそうになったが、誠司の真剣な眼差しに笑いは消えた。


この男、本気で言っているのか?




さらに翌日、佐藤は出勤した。


職場はセキュリティとして、指紋認証で扉が開くようになっている。

そのシステムの前で佐藤は呆然としていた。


確かに自分の指は存在するのに、指紋が検出されない。


「こ、これは...」


佐藤の頭に一つの考えが浮かんだ。


本当に指紋が認識されないなら、おそらくDNAも……


ならば、完全犯罪が可能なのではないか?




一週間後、誠司はテレビのニュースを見て絶句した。


「連続窃盗事件の犯人、指紋もDNAも残さず警察を翻弄」


映像に映る犯行現場の防犯カメラ。


マスクの下から覗く目は、間違いなく佐藤慎也のものだった。


「や、やっちゃった...」


誠司は頭を抱えた。


テレビの中の警察官が「前代未聞の犯罪手口」と述べる中、誠司はただ恥ずかしそうに舌を出すことしかできなかった。


「てへ❤️」​​​​​​​​​​


【糸冬】

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不法投棄の代償 ダイスケ @daisuke1980

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