『25歳で恋人を奪われる世界で』
湊 俊介
第1話 INC計画。識別番号チップ
出窓のサンタクロースは腕に抱えた星のステッキを点滅させている。
赤・黄色・緑
今、僕の腕の向こうに広がる景色は彼との思い出でいっぱいだ……。彼は僕を引き離し両肩に手を乗せて言った。
「じゃあ、行ってくるね」
泣きたいのは彼の方なのに、辛いのも彼の方なのに、僕の目からは雪が溶けだして最後に唇を重ねた。
今年のクリスマス……。
***
2030年から秘密裏に各国合意のもと実施されていた「INC計画(Identification Number Chip)」――。
識別番号チップ計画について、世論に公表されてから3週間が経った。この件についての議論やデモ活動をテレビで見ない日は無かった。
2055年から計画されていた。25年越しに公表されたこの計画は、2030年以降に生まれた乳児たちに新ワクチンと称して、個人識別番号やGPS機能を備えたマイクロチップを体内に埋め込んでいたという衝撃的な事実だった。
さらに今年から、満25歳を迎える成人を対象に(悲しいことに僕が対象だ)政府公認のAIによるランダム抽選で個人識別番号が選出されるらしい。
その当選者は「国の代表」として徴兵の命令が下ることも発表された。
情報が開示されたばかりのネット上では憶測交じりの議論が加熱している。でもそれは当事者じゃない奴らが騒いでいるだけだ。
***
テレビのニュースを流しながら僕はトーストを焼いて、ハムと目玉焼きを乗せた皿をテーブルに並べた。ふたり掛けの小さな四角テーブルだ。沸いたケトルでコーヒーと紅茶を淹れ、まだ布団に潜っている彼を起こす。これが毎日のルーティンになっている。
「相棒、ご飯できたよ」
彼は一瞬目を開けて、乱れた布団をかぶりなおした。「寝坊助、起きろ」と言うと、彼は布団から腕を伸ばして僕に抱きついてくる。
そして僕の体も布団に飲まれてしまう。
布団の中は彼のぬくもりで暖かい。布団の中に潜ってキスをする。これもルーティンだ。
僕が小さい頃は多様性が大事だって教わった。それもいつしか普通になって、この国でも同性婚が合法化されて10年は経つはずだ。
それは男女間の結婚と何ら変わりないものとなった。まだ僕たちは結婚していない。だけど3DKの安アパートで同棲を始めて半年になる。喧嘩もなく、子供のころには想像もできなかった幸せな暮らしを手に入れた。
「おはよ……いい匂いだ」
彼は眠たそうに目をこすりながらテレビを見た。カインは僕がいれたカモミールティーを一口飲んでからテレビのチャンネルを変える。
「またこのニュースか……」
顔をしかめたカインは、興味もないスポーツニュースでリモコンを置いた。渋い顔をしてパンにかじりつく。それも無理もない。カインも僕と同じ今年で満25歳になる。
「どうなるかな……」と僕は聞いた。
「大丈夫さ、またデモが活発になって話自体無くなるか、抽選されても僕たちは当選しないよ」とカインはカモミールでパンを流し込んだ。
彼は大丈夫だ、といつも言う。だけどこの手のニュースは目に入れたくないらしい。彼も不安に感じているはずだ。
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