今日も相棒がキラキラしている件
C&Y(しーあんどわい)
今日もお兄ちゃんは頑張るぞっ!
エリュードリヒ孤児院の先生、それから皆、お元気ですか?
ロンロン兄ちゃんは、相変わらず元気だよ。
お別れ会でもらった飴も、ちゃんと荷物に入ってるし、チビ達の作ってくれた刺繍入ハンカチもポケットにある。
忘れ物は無いし、紹介状もきちんとある。
学院からは連絡がいってるはずだから、何も問題は無いからね。
心配なのは、皆の食事の事だよ。
俺が抜けてから、きちんと狩りはできてるかな?
怪我したりしてないかい?
罠猟は面倒がらずに続けるんだよ。
勝手に森や山に突撃は駄目だからね。
俺がやったように山に突撃して山菜と一緒に山猪を持って返るなんてのは、十歳を過ぎてからだよ。
ギルドのオジサンオバサンの言うことは聞くこと。
先生は無理しないで、自分の食費を切り詰める前に、俺のところへ連絡してください。
冬場に必要な分の仕送り以外も、都なら薬とか手に入りやすいからね。
ともかく俺もがんばるから、先生は無理しない。皆は勉強する、ご飯をたべてお風呂にはいって、爪をきちんと切る事。あと、部屋の掃除もするんだぞ。
それから、ごろつきや野盗が来たら、慌てずに身ぐるみを剝いで、生きたままギルドに引き渡すんだぞ。
殺すと金が減るからな。
ともかく、皆元気で、困ったことがあったら連絡してくれよな。
フォルカス・ローディライ・ロンバルディアより
***
「ロンバルディアから来ました、見習いのフォルカスです。
今日からよろしくお願いします。」
王都第七騎士団の見習いが集う部屋に、新しくやってきたのは、見事に北部人とわかる少年だった。
北の色合いという奴である。
髪色は暗く、肌色は白く薄い。
スラリとした若木のような体つき。
小柄に見えるが、すっと伸びる背筋と立ち姿が良く、鍛えられている。
童顔でくせ毛、舐められる容姿。
だが愛想は無く無表情。
朴訥として寡黙。
特徴といえば、泣きぼくろか。
若く見えるが、王都の騎士団の見習いは十五は過ぎているものだ。
幼年騎士学校卒業が条件だからである。
カイル・ウォーデンは、真面目で寡黙そうな少年の姿を目にし、あぁ若いっていいねぇ〜などと、薄ぼんやりと考えていた。
彼は、去年の遠征で重症を負い、今は療養中である。
騎士見習い達の指導に回っているが、第七騎士団の仕掛け手、遊撃部隊の隊長でもあった。
彼の親族も騎士であり、知り合いのほとんどが騎士団所属の者だ。
領地は無いが男爵位はもっている、いわゆる武家貴族、都貴族等と呼ばれる身分だった。
苦労知らずと思われがちだが、武張った家系故に実力に見合った働きを常に求められており。
怪我で隠居したいと申し出たら、一族郎党ジジババまで出てきて、それほどの重症か確かめてやろうと、怪我人相手にバトルロイヤルを繰り広げた記憶も新しい。
つまりカイル・ウォーデンは遊撃隊隊長であり、堅牢鉄壁と呼ばれる王国一の手練れでもある。
見習い相手の鍛錬なぞ遊びに等しく、暇だった。
当然、辺境人まるだしの少年がやってくれば、馬鹿貴族のガキがちょっかいをかける訳で。
あんまり酷い事にならんようにしなきゃなぁ〜等と考えていた。
暇だし、ちょっと気を配るかなぁ〜ぐらいの話である。
身分が多少上のボンボンでも、ウォーデンの看板は猛獣の証明でもあるので、殆どの人間には有効だった。
ちなみに三十過ぎの王太子殿下(妻帯済み)にも有効である。
剣術指南役がウォーデンの年寄りどもだからだ。
そんなこんなで、フォルカス少年の顔を頭の隅に置いた彼であったが、そうそうに彼の教導騎士が根をあげて相談にくるとは思っても見なかった。
「よぅ、まだ三日目だろうが。
お前さん、それ投げ出していいと思ってんの?
お代わりしても、新しい見習いつくとは限らねぇんだよ?
つーか、お前、自分の評価も下がるのわかってる?」
と、嫌味ではなく、困惑をもってカイルが問うと、そろそろ新人から卒業という騎士が眉を下げた。
真面目な奴で、地方出身の男爵家の男だ。
特に秀でてはいないが、過不足のない能力で性格も悪くない。
辺境出身の少年だからといって、差別するような性根も柵も無いはずだ。
「いえ、いい子ですし、体力も技量もずば抜けた奴です。
ただ、なんというか、自分には手に余るんですよ。
単純な武力は、フォルカスの方が上ですしね」
それにカイルは眉を片方あげた。
「入団資料には、武技等特別な事は書かれてなかったが?」
「多分、上級騎士並みの戦闘技術がありますよ。それにアイツは実践を経ています。殺し慣れてるし、実に無駄がないんですよ。騎士見習い何ぞせずに、辺境騎士団に入ったほうが楽だったでしょうに」
「だとして王国騎士としての生き方や務め、生活術、集団生活を学ばせる、戦術学も上の指導をする余地は十分にあるだろう」
「えぇ、学ばせる事は十分にあるのですが、自分には扱いかねるのです」
「我が儘なのか?」
「いいえ、礼儀正しく真面目ですよ」
と、ここまで聞いてから、カイルは少し考えこんだ。
「宗教的な事か?
それとも種族的な事か?
生活文化習慣の違いが大きすぎて、お前さんの心情などに影響を及ぼすような」
それに相手は、違う違うとカイルに否定を返す。
「初日に、ブルックス公の息子を屈服させたんです。あぁ、きっかけはいつもの新人いじめですよ。
大人数で因縁をつける、いつもの上下関係をわからせてやるっていう。
ご存知の通り、教導役も実家から引き連れてきたアレですしね。尻馬に乗った馬鹿も加わりまして、相手の実力も背景も考えずに仕掛けたんですが。
とりあえず介入せずに見守っていたんですが。
あっという間に、返り討ちというか、いなしてしまいまして。
ロンバルディアらしいというか。
まぁ実力差がありすぎて、フォルカス自身は喧嘩をふっかけられてる事にも気がついていないようでした。
戯れついてくる弟をあやしている風に、そりゃもう観てるこっちが可哀想になるくらい転がされてましたね。
最後にブルックス公の息子が泣き出して、取り巻きもついでに泣き出して。
奴らの面倒見てる縁者の騎士が口を出してきたんですけど、それも転がして。
ムキになりそうだったんで、そっちは自分の方で殴りつけておいたんですが。
その後は、挑んでくる見習い達を全て下し。
当然、負けた者は舎弟になっています。」
「全員か?」
「賢い者は挑んでませんよ。
尋常じゃない戦闘能力ですし、気構えがオカシイんですよ。
それでフォルカスが理不尽な命令をし、問題が大きすぎて困るという話ではありません。
ブルックス公の息子の馬鹿ぶりの方が問題ですし。
なんと言えばいいのか、見習いというより、寮母のようでして。
何かを指導しようとすると誤認するんですよ。
自分、母子家庭でして、その、母親に我が儘を言って困らせてるような」
「冗談だろ」
「ブルックス公のバカ息子も、母親には文句を言えないようでして」
「冗談だろ」
「フォルカスの指導には、もっと騎士経験の長い、実力の高い者が良いと思います。
フォルカス自身は気にもしていませんが、彼は庶民の孤児出身としていますが、本名はロンバルディアです。
養子だとしても正式な辺境伯の息子ですから。」
「ロンバルディアの孤児は、皆、ロンバルディアって話じゃなかったのか?」
「本人に確認しました。
彼は実戦部隊で討伐を繰り返していたそうです。
オーラも使えますし、ロンバルディアの魔の森にでる三首頭の魔物を倒した功績で、実子扱いとなったそうです。」
「冗談だろ」
「オーラなんて、俺では一瞬しか使えません。
証明に、オーラを利用した鍛錬をさせましたが、ウォーデン教官と本気で打ち合えると思いますよ。訓練場が穴だらけになるんで、確認で打ち合いは、やめてくださいね。」
「マジか」
で、実際のところはどうなんだと、教導役の代わりにカイルがフォルカス少年に付くことになった。暇なのである。
そして見習いとは、騎士について仕事の手伝いや身の回りの世話をするわけで、実際はフォルカスの方がカイル付きになった訳だ。
第七騎士団は、多くが魔物討伐の遠征がメインの騎士団である。
通常は訓練と武器や防具の手入れなど、遠征への供えをする為の常備軍だ。
カイルは、そんな騎士団員の武力の底上げをする為の教師役をしていた。
サボっている訳では無い。
療養中なだけである。
そして朝といっても陽も昇らぬ薄暗い明け方の頃。
カイルのところへやってきたフォルカス少年。
きちんと身なりは整えられ、見習い服にも乱れはない。
黒髪もきれいに梳られており、清々しい限りだ。
対するカイルは、怪我の為に禁酒中だが、その傷の為によく眠れない事が多い。
昨夜も傷の痛みで、眠れずに朝を迎えていた。
「おはようございます、ウォーデン教官。
洗面の用意はできております。
失礼して、身支度のお手伝いを」
手際よく身支度を整えられる。
真面目君らしく、にこりともしないが、すべてがスムーズだ。
洗面に用意された水も、何もかも良い香りがした。
多分、清涼感を出す薬草が少量使われている。
このテクニックは城の侍従が主人の眠気覚ましに使うのだが、やりすぎると駄目なやつだ。
しかし、フォルカスは慣れているのか、ほんの微かな香りなので気がつくか気が付かないか。
これはさっぱりするよなぁ〜とか思いつつ、初心者の教導役が根をあげた一端を既に悟った気がした。
これは怖い。
さて、王国騎士の階級について述べておこう。
騎士の階級と地位は大まかにわけるとこうなる。
大凡は幼年の小姓から始まる。
彼らは親元から離れて、騎士の家で雑用をし武術の基礎を習う。
次に十を数える頃から従士となる。
騎士の身の回りの世話をしたり実践に従う。
といっても田舎であれば、領地持ちなら狩りなどをして食い扶持を稼ぐわけだ。
ここまでであれば、騎士の家にて身を保証した庶民でも孤児でも良いわけである。
騎士階級を目指すこと無く、領地貴族の従者として従い、成人すれば己が主にしたがって従軍したりするわけだ。
そしてそれ以上の階級を目指すなら、ここからは騎士学校と呼ばれる成人までの数年を学ばせる制度がこの国にはある。
王国の周りを埋める魔の森や山から攻め寄せる魔物を駆逐し、領土を掠め取ろうとする蛮族を退ける軍事力を担う玄人を作り出す制度だ。
感覚や口伝に頼らない教練を科す訳だが、ここに入るには金と後ろ盾が必要なる。
それだけ有能だと領主貴族共が考えなければ、庶民や孤児は入ることすら叶わない。
だが、これは能力の問題であり、貴族が貴族としての特権を持つに至った理由でもある。
この国の貴族とは、武力に長けた者がその席に座る。
つまり、もともと厳しい暮らしであったため、生き残れた者の末が貴族だったわけである。
ウォーデンの一族が、爵位とは別に配慮されているのも、その為だ。
特にカイルは特別なギフト持ちの訳ありなので、現役引退を望んでも死なない限り無理である。
と、話はそれたが、正式な叙勲を受けていないのが見習いとなる。
この見習いは騎士学校卒の者の階級である。
目的の組織に入るまでの下積みを指す。
例えば、王国軍の十騎士団のいずれかに所属し、叙任式を終えるまでが見習いとなる。
フォルカスは現在第七の見習いであるが、能力を認められ騎士となるに相応しいとなれば、希望の組織へと願いでる事になる。
そしてその所属となってから、叙任され正式な騎士となるのだ。
つまり、どこに最終的に所属するかは、まだ決まっていない。
ただし、これは通常なら第七騎士団の騎士団員になるのが慣例である事にはかわりない。
もちろん決定な話ではない。
他から望まれるか、故郷の家族や世話になった貴族の都合にもよるが。
さて何が怖いかと言えばだ。
この少年、いや、体つきから言えば青年だろうか。
どう考えても能力的に見習いどころではない。
田舎の騎士学校など、手習い所に毛が生えた程度だ。
それも彼のいる辺境地は、実に荒れた土地柄だ。
主人の身の回りの世話を、中央貴族の侍従並みに卒なく熟す技能なんて持ち得るはずがないのである。
そして況や持ち得たとしてだ。
彼のような使える人材を王国騎士団に送り出す意味がないのだ。
辺境にいる有能な人材をわざわざ、国に差し出すなんて無駄なのである。
そして人材を欲しているのは、地方の本当に脅威と背中わせの土地の領主だ。
中央の騎士団は華やかな分、求められる中身が違う。
王と都を守護し、対人戦闘を主眼とした兵力である。
その中で末尾の第七軍だけが、国土全体への遠征軍となっている。
それでも余程の事がなければ、派兵されない軍団だ。
近隣の国々と戦をする時に一番に送られる兵力ともいえる。
そんなところに自領の大切な人材を送りだすだろうか?
ロンバルディア辺境伯の騎士団は、魔の森に挑み続ける手練れが揃っている。
ウォーデンが王国中央にて睨みを聞かせている武家貴族とすれば、ロンバルディアは辺境の護り手、守護神であった。
子飼いの騎士をこちらに寄越す意図とは何であろうか。
そもそもオーラという武技が使えるなら、見習いの殻はとれている。
と、まぁ教導騎士が恐れ慄いた訳だ。
初日からガキ共を制圧した姿に、ウォーデン怖いと同じくロンバルディア怖いが出たという事だろう。
そして同じ怖いんだから、どうにかして欲しいらしい。
時勢が読める分、己の評価より保身をとったわけか。
「冗談だろ」
「教官殿?」
「いや、本日の予定は何だね?」
「はい、朝食後に副団長との面談。後に軍事訓練の指導が入っております。
午前が乗馬、剣術、午後からは格闘術。訓練補助は騎士六名。」
「いや、貴君の予定だよ」
それにフォルカスが少し戸惑ったように首を傾げた。
それでも淀み無く答えが返る。
「食事のお世話の後は、午前の訓練の下準備を整え、後は馬の世話を担当します。
時間があれば、室内清掃と洗濯、昼食はお迎えに伺い、お世話の後は、午後の軍事訓練に参加。
洗濯などの雑事を終えて、夕食の世話の後に、御用がなければ、自己鍛錬を行う所存です。
本日の入浴時間は」
真面目だ。
どこにも隙がない。
結構な事である。
見習いの鏡だ。
貴族のクソガキとは大違いである。
拍手をしよう、最高だ、ブラボー!
..はぁ〜残念だなぁ。
裏がなければ、せめてロンバルディアの爺婆からの刺客でなければ、最高なのに。
あのバケモノどもな。
王とは喧嘩友達の筋肉。
どこに罠を仕掛けてくるのかわからない。
王には試練がつきもの?
友達ってそういう言葉の意味だっけかな?
気まぐれで、魔の森耐久我慢大会を開催するから、王太子を遊びに寄越せとかいいかねない。
軟弱な王はいらぬが口癖の筋肉である。
俺のところのウォーデンの爺婆も同類だった。
やだ、暴力大好きっ子ばっかり。
カイルはため息を抑え込んで笑顔で言った。
「では、今日も完璧な一日を過ごそうか、兄弟」
***
皆、王都の貴族って、すごいんだよ。
何ていうのかな、エミリーが言ってた顔面偏差値?ってのが、高い人ばっかりだよ。
キラキラ輝いてるんだよ。
ロンバルディアだとさ、ヒゲモジャのオジサンばっかりじゃん?
時々、髭生えてるオバサンもいるだろ。
まぁそれいうと怒られるけどな。
ちょっと山に入って戻ってくると、熊なのか人間なのかわからないような感じになるだろ。
ところがさ、騎士団なのに臭くないんだよ。
武具磨きしても吐き気がしないんだよ。
香りがお花の石鹸とかあるんだよ。
今度、孤児院に送るね。
兄ちゃん、衝撃だよ。
貴族のお坊ちゃま達ってさ、エミリーやルイーズ達より、お淑やかでさ。もうびっくり。
俺さ、あんまりお上品じゃないから、黙ってるんだけどさ。なんだろうね、皆、女の子みたいなんだよ。
もちろん、見習い以外は立派な騎士の人たちばかりさ。
田舎者にも優しいしね。
そうだ、エミリー、予言道理だったよ。
兄ちゃんの幸運値?ってのが一番高いって言ってただろ?
お前たちのお陰で、うまくいっているよ。
カレンにも、ありがとうって伝えてくれ。
それからルイーズには、ハズレだって言ってね。
ここの騎士達はオーラが使えるけど、思ったより弱いよ。
剣技は学ぶべきことも多いし、いろいろな知識は流石だけど。
そっちだと、呑まれちまうと思うんだ。
それもまぁ兄ちゃんにとっては、幸運だったんだけどね。
今、カイル・ウォーデン教官に指導してもらってる。
ちゃんと元気だったよ。
運命は変化してる。
兄ちゃん、まだ、間に合いそうだよ。
やっぱり、爺ちゃんぐらい強いと思うんだ。
あの人なら三首のヤツも綺麗に倒しちゃうと思うんだ。
邪魔がいなければね。
俺が倒した時、鱗が剥がれて焼けちゃったからね。値段下がっちゃったしなぁ。
あれはもったいなかった。
そうそう、そのウォーデン教官は、ほら、エミリーが言ってた王子様みたいな外見とはやっぱり違ったよ。
俺の記憶が正解だったね。
同じキラキラだけど、エミリーが言ってた、金髪で青い目の人じゃなかった。
ブルーグレイの髪に金色の瞳、肌色は南部の人っぽいね。
ふふっ、何かエミリーが言いそうだと思って。
そうだよ、南国の王子様だ。
きっと素敵素敵って騒ぐんだろうね。
かっこいい人だよ、女の人にモテそうだった。
爺ちゃんは見るからに羆みたいにでかいのに、教官はおれより頭一つ分背が高いだけなんだ。
もちろん、鍛えてるから筋肉はすごいんだけどさ。
ほら、ロンバルディアのオッサン達と違うんだよ。
爽やかで、いい匂いなの。
何でこんな事、書いてるかって。
ホンモノの王太子様がさ、鍛冶屋のオジサンみたいだったんだ。
金髪で青い目はしてたよ。
でも、お腹が少し出ててさ、ちょっと気弱で優しそうだったな。
ほら、鍛冶屋のオジサンも、職人さんなのに優しくて気弱な人だろ。
あんな感じ。
それも悪くないよね。
なんだかロンバルディアの名前を聞いて、お話したいとか言われちゃったんだ。
爺ちゃんが今度、夏祭りするかもって伝えておいたよ。
ほら、今年大物が多く森にでるだろ。
たぶん、大規模な討伐大会するんじゃないかな。
ロンバルディアだけならいいけど、周辺の領地に奴らが溢れたらやっかいだからね。
って、一応丁寧な言葉を心がけて伝えておいたよ。
孤児院の先生から、ロンバルディアの爺ちゃんにもよろしく言っといてね。
そうそうちびっこは討伐大会には行くなよ。
かわりに解体所の手伝いをして、お肉とかもらってくるんだ。
あれ、結構割がいいからさ。
***
怪我の治りが悪い。
まぁ原因はわかっている。
ため息とともにカイルは朝を迎えた。
昨夜は少し眠ることができた。
そしていつもどおり、定時で扉を叩く音がする。
「おはようございます。おかげんはいかがですか、教官殿」
「ありがとう、いつも私は絶好調だ。
カイル、今日の予定は何だ?」
「今日の予定はありません。
強いて言うなら、教官殿の付き添いで医務室に向かう事です」
それには苦笑いが浮かぶ。
カイルは自分の頬を擦った。
「そんなに酷いかね?」
「大丈夫そうには見えません。洗面の用意はできています。お薬などはお飲みになられますか?」
「痛み止めは効かないんだ。で、今日の予定は?」
「今の時間だと夜勤の医務官がいるはずです」
生真面目な青年の顔を見上げる。
立ち上がらずに寝台に腰掛けているのは、格別今日は痛みが酷いせいだった。
「私の怪我の経緯は知っているかね?」
「遠征で負傷した事だけは存じ上げております」
フォルカスは、洗面用具を整え、動かないカイルの身支度を始めた。
絞った布で顔を拭き、髭を剃刀であたる。
その間は無言で目を閉じていたが、刃物が遠ざかるとカイルは言った。
「魔物の傷ではなく、悪魔の呪だ。
聖女に解呪をしてもらったんだがね、完治まで時間がかかるんだよ。
薬は効かないんだ。」
「解呪は成功しているんですね」
「あぁ」
両手で頬を掴まれたまま、カイルは微笑んだ。
呪に蝕まれて死ぬことはない。
だが、苦しみは残った。
なにしろ悪魔の仕業だ。
それでも後遺症としては軽いものだと彼は考えている。
生活水準は下がるが、それでも戦えるし、痛みだけである。
「その悪魔は滅する事ができたのですか?」
「悪魔の定義をここで再確認するかな?」
悪魔は異界から、精神体が顕現したモノだ。
顕現したモノを攻撃し滅ぼす事はできない。
あくまでも送還するだけだ。
「その悪魔を滅ぼせれば、治りますよね」
「言ったろう、悪魔は死なない。
そして、喰われた体は完治しない。」
「でも、殴れるなら殺せますよね。
きっと痛いのは、そいつが食らいついてるからですよね。
それか聖女っていうのの、力が無い」
「おい」
「無能ですね、その聖女。それに悪魔は殺さなきゃ。二度とこっちに来たくなくなるようにしなきゃ」
良い香りのする布で顔を拭われながら、カイルは相手の表情をよく見ようとした。
眉根を寄せている青年。
まぁ心配しているようだ。
「聖女に不敬な言葉を吐くな。王国騎士は己の言動も律せねばならない。
それに傷は騎士の勲章だ。
ありがとう、ほら、今日も一日、楽しくやろうぜ。兄弟」
「失礼しました、教官。
その、ちなみに、その悪魔はどんな奴だったんです?」
「獣の姿なんだが、奇妙な獅子と山羊が混ざった変な奴だったな。
腹を喰われて、背中を蹴られた。
まったく間抜けだろ?」
「いいえ、誰かをかばったそうですね。
卑怯な奴だったって、かばった教官を囮にして逃げたって聞きました」
「噂話を鵜呑みにするなよ」
「でも、本当なんですよね」
「さぁな。私は楽しい事しか記憶に残らないんだ。ほら、今日もよろしくな」
フォルカス・ローディライ・ロンバルディアの素行に問題はなかった。
特段奇異な行動も、ロンバルディアからの特別な忖度もなく、月日が流れる。
その年の変わった事と言えば、ロンバルディア夏至祭と称し、大規模な魔の森演習が執り行われた事だけだ。
王太子主催の狩猟祭で、王太子自身も半泣きで演習に参加。
二人の息子も王太子妃も癇癪をおこしつつ、辺境の野蛮な催事に参加。
夏の避暑のかわりに、魔物が跋扈する辺境で、狩猟と演習が王太子一家を招いて行われたわけだ。
狂気の沙汰であるが、王太子一家を警護する近衛騎士団も参加したので、現実には非常に有意義な魔物の間引きが執り行えたのである。
久方ぶりの魔の森の氾濫の予兆もあったため。王太子一家が騒いだほうが世間への目くらましになった。
ロンバルディア辺境伯御大からは、王家への礼と共に大量の成果物が献上された。
いまではめったにお目にかかる事のない、大型竜の全身。
更には、貴重な植物系魔物や魔石が贈られた。
これには王家一族も古参貴族も、沈黙し口が閉じた。
それだけ重大深刻な魔物の氾濫だったのだ。
終始道化の役割を務めた王太子だが、その行いによって確実に恐ろしい災厄が免れたのであった。
***
エミリー、君と妹のカレンのお話を確認したいんだ。
君たち二人は、よく先生にお喋りの内容を日記に書くように言われてたよね。
うろ覚えだけど、君たち二人が言っていた、聖女の話、覚えてる?
覚えて無くとも、日記に書いてあると思うんだ。
何を言いたいか、君たちならわかるだろ?
お前たち二人の夢のお話って奴で、少し助けてほしいんだ。
誰を助けるかだって?
そりゃぁ俺がここに志願した理由を知ってるだろ?
俺も爺ちゃんも、親父さんも、受けた恩は返す。
卑怯者とは違うからな。
それにロンバルディアの子は、悪魔を殺す為に生きてるんだしな。
俺達の仲間を喰った奴らは、必ず殺す。
例え元の地獄に戻ろうとも、俺達の前に絶対に現れたくないと思うまで、拷問してやらなきゃ気がすまない。
あぁお前たちは無理するなよ。
大きくなったら、ロンバルディアの子はできるようになるから。
今は這い出してくる奴らの真名を見抜けるように鍛錬するんだ。
そうそう、日記を貸してくれるなら、送る前に聖女の話を爺ちゃんにもしておいてくれ。
獅子頭と山羊の足って言えば、有名な奴だしな。それも伝えておいてくれよ。
それから薬草を数種類、送ってほしいんだ。
依頼と一緒にリストを書いておくね。
兄ちゃん、頑張って悪魔を払うからな。
じゃぁ代金はギルド経由で送るから。
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