不死
抜き身の刀を鞘に納めた侍は、油断のない視線で俺のことを眺めていた。
「
笑っている。驚いても、いない。俺自身が今の状況についていけていないというのに、戦士はただ静かに次の殺し方を考えているのだろうか。
不死者…。この世界において、俺が主人公レイの役割だとするのなら、これはさしずめコンティニュー、ということなのか。いや、ブレイブワールドにそもそもコンティニューは存在しない。主人公が倒れれば即ゲームオーバー。だがもちろん、プレイは再開できる。プレイヤーが望む限り、無限に。つまり…。
俺は突進した。侍の瞳が微かに動いたのがわかった。
瞬間。目で追うこともかなわない。侍は俺の背後にいた。
「さて、どうする」
一文字に腹が裂けていた。
膝をついた地面に俺の臓物が飛び散る。そんなショッキングな光景を見たと思えば、次に意識が戻ったときには、俺の肉体は完全に完治していた。
「うおおおぁ!!」
振り向いて剣を振り抜く。そこにいるはずの侍に、だが剣は触れることができなかった。
口から血液が澎湃する。見下ろせば、体に刀が刺さっている。
「まだ足りぬか」
引き抜きの瞬間すら見えない。視覚より先に痛覚が、死んだ、という情報を告げる。
それから俺は、殺され続けた。
繰り返す度に痛みと恐怖が薄れ、いつの間にか俺は、目の前の相手に立ち向かうということだけを考えるようになっていた。もちろん、手も足も出ない。それは戦闘とも呼べぬ一方的な殺戮。それでも俺は、戦い続けた。
これは、負けイベントである。
序盤の主人公が勝てるはずもない強敵。だが俺は、戦いを止める気にはなれなかった。
死ぬたびに、あの暗闇を見るからだ。
もう何回殺されたのかわからなくなった。それで、わかったことが三つある。
ひとつは、相手が俺を殺し続けるということ。
この相手は俺がどれだけ立ち上がろうと、殺すことをやめない。それは奴がゲームの中のAIだから、ではない。彼の殺しは機械的どころかむしろ有機的ともいえる、精神が躍動しているような殺戮なのだ。端的にいうと、彼の殺しからは『飽き』が感じられない。寧ろ俺が立ち上がれば立ち上がる程、喜々としてより高度な武練を以て命を奪いに来る。俺の『あきらめない心』に相手が折れての勝利は、ありえない。
ふたつめは、俺が戦いので成長しているということ。
最初は全く見えなかった敵の剣筋が、見えるようになってきている。目が追い付いてきているのだ。さらに、この数分で経験した死のパターンから、完全にではないがおおよそ、次にどこを斬られて、刺されて、殺されるのかがわかる。相手がいかに精強な武芸者であろうと、人を殺すという動作を完了させるために取れる行動は、ある程度集約される。これまでに蓄積された死のパターン。その数百分の一を予想して、対応する。これは、不可能なことではない。
そしてみっつめ。俺は、この相手に勝てない。
何度生き返ろうと、どれだけ剣筋が見えようと、いかにパターンを予測しようと、身体が追い付かないのではどうしようもない。ゲーム内のステータスで言えば、敵は終盤に待ち構える筈の高レベルボス。片や俺は、まだチュートリアルも終えていないレベル1。次にどんな攻撃が来るかを完全に予測しようが、そもそも俺に、攻撃を回避するというコマンドは用意されていない。
そう、勝てないのだ。
このままでは。
◆
虎道は考えていた。
この騎士見習いはなぜ、勝てる筈もない相手に立ち向かい続けるのか。
不死者。この戦闘において彼は、きっと死ぬことはないのだろう。既に幾たびも死に、そして、理解しているはずだ。
この虎道に、己の剣が届かないということを。
そう、届く筈もない。
虎道が傷を受けたのは、生涯でただの一度だけなのだから。
四十七回目の勝利。虎道は刀を鞘に納め、血だまりを這いながら身を起こす男を見下ろした。もう殆ど形を保っていない鎧を身に纏った騎士は、獣を思わせる前傾姿勢のまま、
「興味がある。其処許の根拠なき闘志。その灯が、いつ潰えるのか」
男の肉体に力が入るのがわかった。虎道は柄に手を携え、再び行われるであろう無謀な攻勢を斬り刻まんと備える。
だが男の行動は、虎道の想像を逸していた。
金属が地に落ちる音。
がしゃん、と音を立てて、騎士の鎧がその身から剥がれ落ちる。胴鎧、草摺り、手甲、そして、具足。ボロボロの金属片として体にしがみついていたそれらが、重力に従うまま男の体から離れてゆく。
「このままじゃ、あんたに勝てない。そんなことはわかってる」
鎖帷子を脱ぎ捨てて、男は言う。
「けど、見えてるんだ。あとは体が追いつけばいい」
布の肌着をその手で破り、投げる。
「軽く。一グラムでも軽く。あんたの速度に、追いつけばいい」
そして男は、一糸纏わぬ裸体を露わにした。
「これが俺の、攻略法だ」
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