さそり座18番星

堂円高宣

〈王子の目覚め〉

 夢を見ていた。あたたかな水のなかでたゆたう夢であった。そこは海のなかであったかもしれない。はるか上方に見える水面の、その光のゆらめきに向かって、ゆっくりと浮かんでいった。そして水面から顔をだして、涼しい風が頬にふれたとき、目が覚めた。


「殿下、お目覚めになられましたかな」

 懐かしい響きの声が聞こえる。誰だったかな。そもそもここはどこだろう。まばたきを繰り返すうちに、意識にかかった霞が次第に晴れてゆき、記憶が蘇ってくる。ベッドの横に立って、タキシードに身を固め、にこやかな顔でこちらを覗き込んでいる年老いた人物は…

「爺や…なのか、おはよう」

「おはようございます。殿下」

 響きの良いバリトンが返ってくる。

 頭の横に何かが飛び乗ってきた。やわらかくてあたたかい和毛にこげのかたまりがほっぺたに押し付けられてくる。金色の目をした真っ白なネコの頭である。

「やあ、レイディ・メイ。キミも起こしに来てくれたんだね」

「うにゃあ」ネコも音楽的な良い声で応える。


 ホシヒト王子はベッドの上で半身を起こした。まだ10代後半の青年である。子だくさんの国王陛下の末子であるが、威厳のある国王陛下にはあまり似ておらず、むしろ優しげな皇后陛下によく似た顔立ちをしている。

 ネコのレイディ・メイが膝に乗って来た。耳の後ろを撫でるとゴロゴロと気持ちよさそうに喉を鳴らし始める。

「無事に到着したんだね?」ホシヒトは爺やにたずねる。

「いかにも、本船は既に、かの星の軌道上にございます」

「そうなんだ。よかった。惑星を見せてもらえるかな」

「どうぞご覧ください、こちらがリアルタイムの映像でございます」

 爺やがそう言うと、ベッド横の大型モニタが点灯した。モニタ画面の大部分を惑星が埋め尽くし、大きく弧を描いた水平線が画面上方を横切っている。青い海洋が大きく広がり、そこに浮かぶさまざまな形の白い雲、その下には赤茶色の陸地も見える。惑星の映像は船の軌道運動にともなって奥から手前へとゆっくりと回転してゆく。

「これが、惑星マホロバなんだ。地球とよく似ているね」

「さよう、わが民族の希望の星でありますぞ」

「民族か……」

 ホシヒトはそうつぶやくと、レイディ・メイの頭を撫でながら、惑星を見つめた。レイディ・メイも彼と一緒になって映像を眺めている。故郷の太陽系から45.7光年離れた、さそり座18番星、その第3惑星。500年の歳月をかけて、彼らはここに到達したのだ。

 と、いきなり目標の惑星に到着したホシヒト王子一行であるが、このエッセイ風小説では、彼らの旅がどのような方法で実現可能であるかを、現状で手の届きそうな科学技術に即して考察していこうと思う。更には機械意識が主流となるような未来社会において、生物学的人類の宇宙への進出がどのような意味をもつ営みなのかも考えていきたい。

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