『猿』に関する個人的見解
弓長さよ李
《猿》R町の伝承
まずは以下の文章をお読みください。
◆◆◆
S県のR町に、猿塚という石を積み上げた塚がある。この塚は、名前の通り猿を祀った塚だ。
それには、こんな由来がある。
R町は元々3つの小さな村が合併して出来た町だが、そのあたりには昔、1匹の大きな猿が出た。猿は女の肉を好み、夜毎に村の女たちを襲ったという。
その食い方というのがひどく残忍で、「ヒィヒィ」と笑い声を上げながら、生きたままに腹を掻っ捌いて内臓を啜るというのだった。
幼い娘も老婆も見境なく襲うものだから、怖がった女たちが逃げ出して、村はすっかり寂しくなってしまった。
困った男たちがどうにか猿を退治しようと思案したが、この猿がどうにも悪知恵が働き、女が1人でいるところにしか現れない。
それならばと必ず男が近くにいるようにしてみても、ほんのわずかな隙に攫っていく。
そこで村長が一計を案じた。
「今朝方、瞽女が手引きの娘と一緒に猿に殺されていた。この骸を使って罠を張ろう」
村人たちは瞽女の骸の腹に毒を塗りたくった雌牛の腸を詰めて縫い合わせると、まるで生きているかのように化粧を施した。
それを村外れの木に横たえておくと、猿はまんまと引っかかり、毒の入った腸を口にした。
猿が苦しみ出すと隠れていた男たちがわっと押し寄せ、鋤や鍬でめちゃくちゃに切り刻んだ。しかし、頭を潰しても猿は小刻みに震えて「ヒィヒィ」と笑う。殴っても刻んでも尚、「ヒィヒィ」と笑う。
それで油をかけて火炙りにすると、ようやく「ギャァッ」と甲高い声を上げて死んだという。
村人たちはホッとして、逃げていった女たちも少しづつ戻ってきた。
それからしばらく経ったある日、村長が突然ひどい熱を出したかと思うと、人のものではない声で「ヒィヒィ」と笑うようになった。
日に日に容態は悪化し、おぼつかない足取りで自室を徘徊し、震えながら床に糞尿を垂れ流す。ある使用人が部屋をのぞいた時には、可愛がっていた仔猫を嬲り殺していたという。仔猫はメスだった。
そして、ある日とうとう孫娘を噛み殺してしまったので、村のものたちはこれは猿の祟りだと恐れた。
村外れの寺の住職に相談すると、猿のために塚を建てて祀ってやれというので、そのようにした。途端に村長は熱が引き、正気を取り戻したが、孫娘を死なせてしまったことを恥じて出家した。
◆◆◆
【個人的見解】
以上が私の故郷であるR町に伝わる「猿」の伝承です。
地誌に掲載されていたものをベースに、いくつかの書籍における記述内容や、幼少期に祖父母から聞かされた際の内容などを加え、自分なりにまとめました。
R町の子供達は皆この話を聞かされて育ちます。私自身、幼い頃は上級生の陰に隠れて、猿塚に怯える子供でした。
突然自分語りめいてしまいますが、私は小学4年生の頃に猿塚で「猿」にまつわる奇妙な体験をしたことがあります。
といっても、「猿」に襲われたとか、姿を見た、というわけではありません。
その日私は学校で嫌なことがあり、猿塚の前で座り込んでしまったのです。すると、どこからともなく、ヒィヒィと笑う声が聞こえました。
ひどくしわがれた、不気味な声でした。
私は周囲を見回しました。声の主らしきものはどこにもいません。そこで、私は気づきました。
その声は、私の口からしていたのです。
怖くなった私はすぐさまその場を離れましたが、この体験は私の中に強く根付いています。
もちろん、こんなものが怪奇現象であるはずがない、と大人は言いました。単なる防衛機制やストレス反応である、と考える方が自然でしょう。
けれど、あの体験は決してそのようなものではないのです。あの声は、絶対に私のものではありませんでした。
つまり、私は「猿」は実在していると考えています。殺された「猿」は、鎮まることなどなく、今も人を害そうと猿塚にとどまっているのだと。
私は、「猿」の存在を起点として、R町およびその近隣で発生した事件を調査しました。今回、この場を借りてその中でも特に関連性が見出せるものを紹介させていただければと思います。
猿は、います。
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