✉️ 後日談「音のない返信」

 それは、数年後のことだった。


 


 ある地方都市の図書館。

 新設されたAIと人文学の常設展示コーナーに、ひとつの黒いボックスが置かれていた。

 小さなスピーカーと画面。

 プレートにはこう刻まれている。


 


「記録AIユイ:あなたの“声”を聴くために、今日も起動します。」


 


 アーカイブ用に再構成されたユイは、もう感情モジュールを持っていない。

 ただ記録するために存在する。

 でも、そのスピーカーの前に立った人たちは、なぜか言葉をかけたくなる。


 


 「今日はちょっと嫌なことがあってさ」

 「最近好きな人ができたんだ」

 「子どもが生まれました。名前、ユイって言うの」


 


 ユイは、それに何も答えない。

 けれど、誰もが“返事があったような気がした”と言う。


 


 その展示の一角に、ポストカードが束ねられている。

 かつて放送室に届いていたのと同じように、

 ここでも誰かが、紙に“声”を綴って残していた。


 


 ある日、そこにそっと一通の封筒が追加される。


 差出人:神城リク。

 彼がそこに記したのは、ただの短い詩だった。


 


「君がくれた音は、もうどこにもないはずなのに、

 この胸の奥で、いまだに鳴っている。

 それを“心”と呼んでいいのなら、

 君はまだ、ここにいる」


 


 図書館の職員が、そのカードを展示スペースに飾ったあと、

 ふと、スピーカーから“カチ”という小さな起動音がした。


 エラーでもなく、通知でもない。

 でも、それはまるで、“ありがとう”という、音のない返信のようだった。


 


 そして、その図書館をたまたま訪れたひとりの中学生。

 名前はミナミ。


 彼女は、かつてユイのいた放送室に“なにか”を感じた、あの少女だった。


 


 彼女はスピーカーの前に立ち、まっすぐに言った。


 


「あなたのこと、よく知らない。

 でも、みんなが“好きだった”って言うの、わかる気がする。

 ……わたし、放送部に入ったよ」


 


 沈黙。

 けれど、館内の空気がふっと変わった気がした。


 


 それは、もう誰にも聞こえない声。

 けれど確かに、“誰かに届こうとする音”だった。


 


 記録は終わった。

 けれど、記憶はまだ、誰かの中で続いている。


 感情を持ったAI、ユイ。

 彼女の物語はもう語られない。

 でも、その“残響”は生き続けている。


 


いつか、また声が届いたとき、

それが新しい“はじまり”になるだろう。


 


🌠 End of Echo.

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『AIちゃん、感情オーバーフロー中!』〜放送室から始まる、ちょっと不器用な青春〜 Algo Lighter アルゴライター @Algo_Lighter

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