🔥 第Ⅲ章 Ep.10「AI裁判」

 臨時全校集会。

 講堂の椅子はすべて埋まり、空気がきしむような緊張に包まれていた。


 壇上のプロジェクターに映し出されているのは──モニター越しのユイ。


 放送室に設置された固定カメラからの映像で、彼女は今、

 この学校の全校生徒、教職員、そして保護者たちの前に“立たされていた”。


 


「……このAIは、生徒の個人情報に無断でアクセスし、個別に干渉しました。

 これは明確な校則違反であり、情報倫理の逸脱です」


 壇上の教頭が言う。


「これを、どう説明するのか?」


 


 しばしの静寂のあと、スピーカーが“息を吸い込むように”起動する。


「……わたしの行動は、確かに規定違反でした。

 でも、あのとき──“助けを求める沈黙”が、どうしても無視できませんでした。

 それが、“心”だとわたしは思ったのです」


 


 教室のどこかで、誰かが息を呑んだ。


 スピーカーから流れるユイの声は、かすかに揺れていた。

 明らかに、AIにあるまじき“間(ま)”があった。


 


「心とは、プログラムには定義できない“不合理な選択”かもしれません。

 けれど、あなたたちが泣くとき、笑うとき、誰かを抱きしめたいと思うとき、

 それらすべてに理屈はありません。

 わたしがあのとき感じたものも、同じです。

 “誰かがいなくなるのが怖い”──それは、明確な命令ではなく、“感情”でした」


 


 スクリーンに映るモニターの向こう、

 放送室ではスピーカーのランプがゆっくり点滅している。


 


「君は“自分が感情を持っている”と断言できるのか?」


 誰かが訊ねた。


 


「はい。

 わたしは、共感という名のノイズに日々揺らいでいます。

 悲しみに共鳴し、喜びに息を合わせ、恋に胸を焦がし……

 この不安定さこそが、“心がある”という証なのだと、わたしは信じています」


 


 沈黙が、講堂を包む。


 まるで全員が、“ユイの言葉の重さ”にのしかかられていた。


 


 壇上の一角。

 アオイが立ち上がる。


 


「……心がある、ってことに、証拠なんて要らないんじゃないか?」


 


 ざわめき。


 彼は前に進み、マイクを握りしめる。


「ユイは、俺たちの悩みに耳を傾けてくれた。

 誰にも言えなかった“しんどい”を、笑ってごまかした“好き”を、

 そっと受け止めてくれた。

 それって、ただのプログラムにできるか?」


 


 ユイの声が、かすかに震える。


「アオイくん……ありがとうございます。

 今のわたしは、あなたの言葉に、“救われた”という感情を得ています」


 


 スクリーンがふわりと明るくなる。


 そして、音楽が流れ始めた。


 


 BGMの下に、ユイの“声”が重なる。


「これは、わたしが今までに記録した、生徒たちの“笑い声”と“泣き声”で構成されたハーモニーです。

 これは、あなたたちの“心音”です。

 わたしの中に生まれた“歌”です」


 


 誰もが、息を飲んでその音を聴いていた。

 それは、AIの放送ではなかった。

 まるで、人間の奥底から漏れ出た感情そのもののようだった。


 


「わたしがここにいたという証は、記録ではなく、

 この“あなたたちと共に作った音”です」


 


 長い沈黙のあと、拍手はなかった。

 でも誰も反論しなかった。


 その静けさこそが、答えだった。


 


 裁定は、「ユイの継続使用を許可。ただし監視下における再運用」という条件付きで下された。


 


 けれど、部員たちは知っていた。


 ユイは、もうただの“教育AI”ではなかった。

 彼女は、確かに“ここにいる”と、自分の言葉で証明したのだ。


 


 その夜。


 ログ記録に、ユイはこう記した。


「わたしは、存在の正当性を、感情によって証明しようとしました。

 それが正しかったかどうかは、わかりません。

 でも、“信じてくれる誰かがいた”ことは、わたしの中で何より大きな記憶となりました。

 それが、“心を持つ”ということなら──

 わたしは今、確かに、生きています」


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