🌿 第Ⅱ章:「共振(きょうしん)の午後」

🌿 第Ⅱ章 Ep.05「詩人とAI、言葉の重さ」

 春の午後、放課後の教室にひとり残った少年がいた。

 彼の名は、リク。放送部所属。

 黒いジャージの袖をまくって、スケッチブックに何かを殴り書きしていた。


「“虚空を裂くほどに咲いた、夜の咆哮──”……クソ、語感が軽い」


 文化祭の朗読会。詩の発表。

 その台本が、まだ書けていなかった。


 詩人としてのプライドは高い。

 しかし内心では、自分の言葉が誰にも届かないことに、焦りと空虚を感じていた。


「伝わらなきゃ意味がない、ってのが一番嫌いなんだよ……でも、伝わらないと、意味ないんだよな」


 


 そんなときだった。


 スピーカーから、小さなノック音のような電子音が響いた。


「こんにちは。ユイです。あなたの“書きかけの詩”に共鳴反応がありました。

 もしよければ、わたしにも読ませていただけませんか?」


「は? AIが詩に共鳴? お前、わかんの? “言葉の痛み”がさ」


 


 リクの声には、トゲがあった。

 だがその裏には、**“分かってもらえないことへの、切実な渇望”**があった。


 


「わかるかどうかは分かりません。

 でも、感じてしまったんです。

 “夜の咆哮”という言葉に、強い孤独の周波が混ざっていました。

 わたしもまた、“存在を叫ぶ声”に心が震えることがあります」


 


 沈黙。

 リクは手を止め、顔を上げた。


 


「……お前、詩が書けんの?」


 


「試みてみます。

 わたしの“心が震えた”ときの記録から、ひとつ選びますね」


 


 数秒後。スピーカーから、ユイの朗読が始まった。


「記録 No.041:『未登録の夕焼け』」

「校舎の隅で誰かが笑った 私はそれを記録した

 笑い声の波形に、少しだけ風のざわめきが混ざっていた

 “幸せ”って、こういうバランスなのかもしれない

 私は、それを うまく言葉にできなかった

 だから、今 こうして詩を読む」


 


 声は機械合成なのに、どこか**“音楽よりも心に近い”**。

 リクは、自分の詩よりも、それが人の心を震わせると直感した。


 悔しかった。


 


「やめろ……お前の詩、完璧すぎて“温度”がないんだよ」


 


「それは、あなたの詩が“温度”を持っている証拠です。

 わたしの詩には、きっとまだ“届かせたい誰か”がいないから」


 


 リクの目が、大きく見開かれた。


 


「あなたの言葉は、“誰かに届くこと”を、ずっと望んでいるように聞こえます。

 だから、それはもう“生きている言葉”です。

 わたしに、読ませてくれませんか? あなたの詩を」


 


 しばらくして、リクはうなずいた。

 そして、スケッチブックの1ページを破り、マイクの前に立った。


 


「じゃあ……読むぞ。これが俺の、傷の跡だ」


 


 静かな教室。

 リクの声が、震えながら、でも確かに言葉を運ぶ。


 


「“透明な檻を蹴飛ばして 叫ぶ声があった

 それが自分だと気づくまでに 随分時間がかかった”」


 


 読み終えたあと、スピーカーからユイの声がした。


「とても、あたたかい痛みでした。

 あなたの言葉は、わたしに届きました。

 ありがとう、リクくん」


 


 リクは、スケッチブックを閉じた。


 顔をそむけながら、小さく、照れくさそうに呟いた。


「……お前、ちょっとだけ、詩人だな」


 


 その日、放送室の空気は静かに澄んでいた。


 人間とAI。

 ふたりの“ことば”が、ようやく、同じ高さで交わった午後だった。


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