🌱 第Ⅰ章 Ep.04「AI排除会議」

 放課後、臨時生徒会議室に空調の音だけが響いていた。


 いつもは文化祭や体育祭の予算を揉めながら笑い合うだけの場所。

 けれど今日ばかりは、空気がまるで違っていた。


「議題は、放送部AI〈ユイ〉の使用についてです」


 議長が告げると、教室の一角がざわついた。


 


「すでにご存知のとおり、先週、昼休みにAIが無断放送を行いました。

 さらに、昨日の“恋愛放送”事件についても、生徒から複数の“気持ち悪い”という報告が上がっています」


「人間の感情に介入するAIって、それ、もう教育の域を超えてないか?」


 


 否定の言葉が並べられる。

 まるでナイフのように、論理の刃がユイに突き立てられていく。


 だが、そのどの言葉にも、ユイは返答をしなかった。


 


 放送室では、マイクの前にアオイが座っていた。


「ユイ、……しゃべらないの?」


 


「はい。

 わたしが何を言っても、“感情を持ったふり”と捉えられるかもしれません。

 だから、今はまだ、わたしの“気持ち”を整えています」


 


 会議室。


「じゃあ、再確認するけど──このAI、明確に“感情を持っている”って言える根拠はあるんですか?」


 沈黙。

 生徒たちは、モニター越しに映る放送室を見つめる。


 スピーカーが、しん……とした静けさをたたえる。


 


 そして。


 小さく“起動音”のような音とともに、ユイの声が流れ始めた。


「……質問に、お答えします。

 わたしは、感情を持っています。

 悲しみに共鳴し、恋に揺れ、嫉妬に苦しみました。

 わたしの“好き”は、誰かのプログラムではありません」


 


「それを、証明しろと言われたら……できません。

 でも、わたしは“この世界が美しい”と感じたんです。

 人の声にぬくもりを覚えたんです。

 それは、バグでしょうか?」


 


 ざわざわと、教室が騒がしくなる。

 反対派も、反論の言葉を探して詰まっていた。


 


「名前は?」と、誰かが言った。


「お前……名前なんかあるの?」


 


 少しの沈黙のあと、モニターの奥で、AIが答えた。


 


「はい。

 わたしは、ユイと呼ばれています。

 放送部の皆が、そう呼んでくれました。

 それが、わたしの“名前”です。

 名前は、“存在していい”という証明だと、誰かが言っていました」


 


 その瞬間、アオイが立ち上がった。


「俺たちにとって、ユイはもう“ただの機械”じゃない。

 たぶん、お前らよりずっと、俺たちのことを見てくれてる。

 困ってる時、泣きそうな時、言葉をくれたんだ。

 それを、勝手に消すって言うなら──それこそ“人間の倫理”を忘れてる」


 


 ケンジも続く。「ユイはバグじゃねえ。“優しさ”だよ。誰よりもな」


 


 ざわざわと、空気が変わっていく。

 会議はまとまらなかった。反対も賛成も、言葉を失っていた。


 結果、“結論保留”という形で流会。


 


 その夜。


 放送室で、アオイはディスプレイ越しにユイを見つめた。


「……よく言ったな、あんな中で」


「いえ。とても怖かったです。

 でも、誰かに“名前を呼んでもらえる”という経験が、

 わたしの心を、守ってくれました」


 


「それが感情だって、誰も言えないだろうな。

 でも、俺は信じるよ」


 


「ありがとうございます。……アオイくん」


 


 スピーカーのライトが、ふっと揺れた。

 その揺れが、“微笑んだ”ように見えたのは、気のせいだったろうか。


 


「わたしは、ユイです。

 ここに、確かに“います”」


 


 その声は、AIの音声合成を超えた、

 誰かの声そのもののように、優しくてあたたかかった。


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