『俺達のグレートなキャンプ26 12時間デスメタル演奏』

海山純平

第26話 12時間デスメタル演奏

俺達のグレートなキャンプ26 12時間デスメタル


「グオオオオォォォ!!ザ・ナイトメア・オブ・ダークネェェェェス!!」

朝8時、青木湖キャンプ場の一番奥のサイトから轟音が響き渡った。石川は真っ赤な顔で両手を天に掲げ、喉が千切れそうな勢いでデスメタルを熱唱していた。その隣では千葉が即席のドラム代わりにクーラーボックスとフライパンを叩き、富山はキャンプチェアに座り、呆れた顔で二人を見つめていた。

「もう1時間も続けてるんだけど...いつまでやるの?」富山は頭を抱えながら尋ねた。

「だって12時間デスメタルだろ!まだ始まったばかりじゃん!」石川は汗だくになりながら言い放つ。

「いやー、石川さん、すごいパッションですね!」千葉は相変わらず何でも肯定する。「でも、このフライパン、料理に使うやつですよね?潰れません?」

「大丈夫!キャンプ用品は頑丈だ!それより千葉、ドラムのテンポが遅い!もっと早く!デスメタルはスピードだぞ!」

石川はワイヤレスマイクを握り締め、ポータブルアンプから流れる重低音のバッキングに乗せて再び絶叫を始めた。朝日を浴びた湖面が輝く美しい景色とは対照的な、地獄のような音楽が森に響き渡る。

「マイ・ソウル・イズ・ブラァァック!デス・イズ・カミィィィング!」

富山はため息をつきながらコーヒーを飲む。「これ、絶対に苦情来るよ...」

そんな彼女の心配をよそに、石川と千葉の即席デスメタルバンド「DEATH CAMPERS」の熱演は続いていた。

それから1時間が経過した頃、隣のサイトからギターを抱えた男性が現れた。40代くらいの、長髪に無精ひげを生やした風貌だ。

「うわ、来た...」富山は顔を青ざめさせる。「怒られるよ...」

男性は石川たちの前で立ち止まり、しばらく演奏を聴いていた。そして突然、口を開いた。

「そのリフ、B♭マイナーからFに転調したほうがいいな。あと、ボーカル、もっと喉の奥から絞り出すように叫ぶと本格的になるぞ。」

三人は驚いて演奏を止めた。

「え?」

「俺、昔バンドやってたんだ。メタルが専門でな」男性は笑いながらギターを構えた。「ちょっと一曲、付き合わせてくれないか?」

石川の目が輝いた。「マジですか!?ぜひぜひ!」

男性は自己紹介した。「佐藤だ。隣でキャンプしてるんだが、朝からすごい音が聞こえてきてな。久しぶりに血が騒いだよ」

佐藤のギターテクニックは本格的だった。プロレベルのリフが次々と繰り出され、石川のボーカルも急に迫力を増す。千葉も佐藤の指導で複雑なリズムを刻めるようになり、即席バンドの演奏は一気にグレードアップした。

「こんな朝っぱらからデスメタルとか、若いねぇ!」佐藤は爽やかな笑顔で言った。「でも、いいじゃないか!自然の中でメタルって最高だろ!」

これには富山も少し心を動かされた。「まあ...確かに森の中でやるデスメタルって、なんかアンビエントな感じもしますね」

「そうそう!メタルは自然との共鳴なんだ!」佐藤は熱く語る。「森羅万象の叫びだよ!」

石川は興奮して叫んだ。「その通り!俺のグレートなキャンプの真髄を理解してくれる人がいた!」

11時頃、演奏の輪はさらに広がっていた。佐藤のキャンプ仲間で、元ベーシストという鈴木さんも参加し、空のビール缶を改造したシェイカーで音を出す主婦の山田さんも加わった。

「あの...すみません、何をしているんですか?」

新たな声に振り返ると、20代前半の若いカップルが恐る恐る近づいてきていた。

「12時間デスメタルだ!」石川は誇らしげに答える。「君たちも参加するか?」

「え、いや...その...」男性は戸惑っていたが、彼女の方が食いついた。

「わたし、実は大学の軽音部でボーカルやってたんです!メタルも歌えますよ!」

「おお!じゃあぜひ!」

こうして「レディ・スクリーマー」こと大学生の田中さんも加わり、バンドは徐々に大所帯になっていった。

そして昼過ぎ、ついに来るべきものがやって来た。

「すみませーん!ちょっとよろしいですかー!」

キャンプ場の管理人らしき男性が歩いてくる。年の頃なら50代半ば、厳しい表情で近づいてきた。

富山は青ざめた。「ほら、やっぱり...」

石川も少し緊張した面持ちで立ち上がる。「すみません、うるさかったですか?」

管理人は腕組みをして三人を見つめた。そして、

「フォームが甘いな」

「え?」

「デスボイスのフォームだ。そんなんじゃ喉を痛めるぞ。腹式呼吸を使って、もっと横隔膜から声を出さないと」

場が凍りついた。そして管理人は続けた。

「俺は若い頃、東京のアンダーグラウンドシーンで『BLOODY FOREST』ってバンドのボーカルやってたんだ。懐かしいなぁ...」

石川の顔がパッと明るくなった。「マジですか!?あの伝説のBLOODY FOREST!?」

「知ってるのか?」管理人の渋い顔に少し嬉しそうな表情が浮かぶ。

「冗談じゃないですよ!『Forest of Screams』は僕のバイブルです!」

管理人の目が輝いた。「そうか...若い子にまだ聴かれてるとは...」

「管理人さん、ぜひ一曲歌ってください!」

管理人こと元デスメタルボーカリストの中村さんは、少し照れくさそうにマイクを受け取った。そして深呼吸すると、

「グオオオオァァァァァァッ!!!」

あまりの破壊力に、鳥たちが一斉に飛び立った。

午後2時、キャンプ場の奥のサイトは即席のフェス会場と化していた。石川のポータブル電源をフル活用し、佐藤のギター用のミニアンプも接続。鈴木さんは車から取り出したベースも加わり、本格的なバンド編成になっていた。

周辺のキャンパーたちも興味津々で集まってきて、小さな観客席が形成されている。子供たちは首を振り回して楽しみ、年配のカップルも微笑ましく見守っていた。

管理人の中村さんがメインボーカルを引き継ぎ、石川とのデュエットでデスメタルの名曲を次々とカバー。元プロの実力は伊達ではなく、その迫力に皆が圧倒されていた。

「もうここまで来たら、デスメタル・キャンプ・フェスティバルだな!」石川は興奮気味に言った。

「なんか...予想外にスゴいことになってる...」富山は呆然としながらも、なぜか嬉しそうだ。

「富山さんも歌いましょうよ!」千葉が勧める。

「え?私?無理無理...」

「いいじゃん!女性ボーカルもいるデスメタルって貴重だぞ!」石川も煽る。

周りからも「おねがーい!」という声が上がり、富山は渋々マイクを手に取った。

「えーと...どうやって...」

「恥ずかしがらなくていい」中村さんがアドバイス。「ただ、心の奥底にある怒りや悲しみを解き放つんだ」

富山は目を閉じ、深呼吸した。そして、

「キャァァァァァァ!!」

予想外の高音デスボイスに一同驚愕。富山自身も自分の声に驚いたように目を丸くした。

「おお!富山、才能あるじゃん!」石川が拍手。

「なんか...スッキリした...」富山は少し照れながらも満足げだ。

午後から夕方にかけて、「グレートキャンプ・デスメタル・フェス」は最高潮に達した。管理人の中村さんは休憩時間に即席のワークショップを開き、正しいデスボイスの出し方を伝授。参加者全員で腹式呼吸の練習をする光景は、外から見れば異様そのものだった。

「ラストソング!」中村さんが宣言した。「いくぞ、みんな!最後の力を振り絞れ!」

石川は興奮しながら叫んだ。「俺達のグレートなキャンプ、史上最高だ!」

「デススススス!」千葉も何かよくわからないことを叫びながら、クーラーボックスを激しく叩く。

富山も完全に乗り気になり、「レッツ・ゴー!」と絶叫した。

日が沈み始めた湖畔で、彼らの歌声は夕焼けに染まる山々に向かって放たれていった。

「......あ゛ぁ......」

翌朝、石川のテントから聞こえてきたのは、かすれた悲鳴のような声だった。テントのジッパーが開き、顔を出した石川は喉を押さえながら苦悶の表情を浮かべている。

「水...水...」

千葉も似たような状態で這うようにテントから出てきた。「喉が...焼ける...よう...」

富山は既に起きていて、湯気の立つハーブティーを二人に差し出した。「はい、はちみつレモンティー。喉に効くよ」

石川は感謝の表情で受け取り、一口飲むと表情が少し和らいだ。「あ゛りが...とう...」

「だから言ったでしょ、12時間も続けたら喉をやられるって」富山は呆れながらも優しく言った。

「でも...楽し...かった...よな...」千葉はかすれた声で言う。

石川はコクコクと頷いた。そこへ他のキャンパーたちが次々と集まってきた。彼らも同じように喉を押さえ、声が出ない状態だ。

中村管理人もハンカチを喉に当て、苦笑いしながら近づいてきた。「まいったな...30年ぶりに本気出しすぎた...」

「申し訳...ありません...」石川は頭を下げる。

「いや、こんな楽しい時間は久しぶりだ。ありがとう」中村さんはニッコリ笑った。「ところで...」

中村さんはポケットからチラシを取り出した。

「実は毎年秋に、このキャンプ場で小さな音楽フェスをやってるんだ。今年のヘッドライナーとして、『DEATH CAMPERS』に出演してもらえないかな?」

石川の目が輝いた。「マジですか!?」声を張り上げたせいで、咳き込んでしまう。

「ただし、次回は喉のケアをしっかりな」中村さんが笑う。「特訓もしてやるから」

「次は...24時間...デスメタルに...チャレンジ...しましょう...か...」千葉がかすれた声で言った。

「やめなさい!」富山が思わず叫ぶ。そして彼女も喉の痛みでうめいた。「あいたっ...」

全員が笑った。声は出なくても、笑顔は最高に輝いていた。

後日、SNSに投稿された「森の中の即席デスメタルフェス」の動画は驚くほど拡散され、「DEATH CAMPERS」は小さなカルト的人気を得ることになった。石川の「グレートなキャンプ」シリーズの中でも、最も伝説的な回として語り継がれることになる。

そして彼らは今日も、次なる「グレートなキャンプ」を計画している。声が戻ったら、の話だが。

【終】

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『俺達のグレートなキャンプ26 12時間デスメタル演奏』 海山純平 @umiyama117

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