養壮寺の蛸

後藤いつき

養壮寺の蛸

 今から五百年くらい前、養壮寺に蛸がいて、これがよく人を襲って食べた。あんまりよく食べるから、蛸はぶくぶくと大きくなり、やがて本堂の中に足がおさまらなくなった。外から見るとまるで寺から足が生えたようだった。

 その頃にはもう人は寺に近寄らなくなっていたが、蛸は堂から出ずとも無警戒な鳥なんぞが近くを飛んでいるのを足を伸ばして捕らえ、口に運んだ。さながら寺が鳥を食っているようだった。

 それから三百年が経つと、寺の周りには草木の一本たりとも残っていなかった。寺には人はおろか、動物たちすら近寄らなくなって、そうしたものを食うほかなくなったのである。蛸は寺の外へ足を投げ出したまま死んでいた。もう周囲には何も食べるものが残っておらず、また外へ出ようにも大きくなりすぎて出られなかったのである。

 その蛸が食料になったおかげで、この村では飢饉をしのぐことができたのだと文献には記されている。この村の人間たちがみな身体が大きいのは先祖が蛸を食べて、その霊力が受け継がれているからだと村人たちは語る。養壮寺の周囲八十メートルには今なお植物の一切育たない不毛の地が広がっている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

養壮寺の蛸 後藤いつき @gotoitsuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る