第二章 Broken Pieces 1
掃討部隊の車列は砂漠を進み、まっすぐに
ハンドルを握るオーエンは時折JJに視線を投げる。心配しているのか、それとも監視しているのか、その視線の意図を読み取ることはできない。
太陽が頭上に近づいてきた。オーエンはダッシュボードから小さなパッケージを取り出した。
「昼飯だ。すまんが車停めて休憩する時間はないんでな」
彼はハンドルに器用に肘を置いてパッケージを半分に分け、JJに渡した。乾燥ビーフだ。通常の携行食よりも明らかに質がいい。
「官給品じゃないな」
「保全部の特権さ」
オーエンは軽く言って、自分の分を齧り始めた。
「……てのは冗談だが、年を
JJは無言で肉を口に入れた。塩気があり、噛みごたえがある。エリアCの
窓の外では、掃討部隊の他の車両が砂煙を上げながら進んでいる。JJの単座艇は最後尾に繋がれ、砂の上を引きずられていた。その光景はどこか自身の境遇と重なるようにも思えた。
「お前、最近どうだ、薬液レベルは」
突然オーエンが尋ねた。
「定期的に体調、自己申告しているか」
JJは顔を顰める。――薬液レベルとは、とある問題を抱えたESの神経調整システムの一環で、ICチップが脳内に微量に放出する神経伝達物質調整薬の濃度を指す。衝動性を抑え、精神を安定させる。
「規定通りだ。問題ない」
「そうか」
「……あれは過去の話だ。俺はもう通常任務をこなせているし、適応度評価期間もクリアしている。いつまでもあんたが気にする必要はない。いいかげん忘れてもらって構わない」
「だが、」
レーションを食べ終えたオーエンはハンドルを握り直し、諭すような口調で
「報告書には『不慮の事故』と記載されているが、少なくとも俺たち二人は、そうじゃないことを知っている」
「やめてくれ、蒸し返すのは」
JJは軍用ジャケットの襟元に口を埋めてもぞもぞと言った。思い出すと、首の後ろのICチップが嫌でも存在感を増す。一年前のあの日のことが、断片的に蘇った。
◇◇◇
一年前、エリアC。JJの三週間に及ぶ長い単独任務は、予測不可能な非常事態によって唐突に終わりを告げた。
視界0.5メートル、横殴りの砂嵐が三日間続き、JJは簡易防塵シェルターに籠もったまま動けなくなっていた。寒さと疲労と空腹と孤独が極限にまで達していた。
砂嵐で端末の電波が思うように飛ばず、通信がきかない。劣悪な環境下で冷却ファンが壊れて過熱しはじめ、端末は再起動を繰り返した。充電が切れる前に救難信号を出したが通信不良でアウトポストに届いているとは思えなかった。
かろうじて単座艇の荷物ハッチから取ってくることができた水と、救急セットを眼の前にして、JJは半ば自己を見失いかけていた。
自己手術時に使用する鎮痛剤のアンプルが目に入ると、彼は防寒具を脱ぎ捨て、それを注射針に吸わせて自分の腕に打ち込んだ。規定の三倍量を軽く超える。このまま極寒の砂漠に出て長時間意識を失えば、ラクに逝ける――疲労と空腹が、そうした浅はかな思いつきの原因だっただろう。
だが打ち込んだ瞬間、まだ薬液も入れていないのに激痛が首筋から全身に走った。ICチップが自殺企図を検知し、緊急防止プログラムが作動したのだ。JJはそのままシェルターの中で昏倒し、脳内のどこかで、警告灯のように赤い光が点滅しているのが見えた。
次に目が覚めた時、彼は
傍らに立っていたのはオーエンだ。
「バカな真似をしやがってこの小僧が」
オーエンは静かに吐き捨てた。
「チップが異常を検知して直ちに「感覚隔離」し通報を送信した。自己保存機能が働いたんだ。俺たちが見つけたときはお前、半分死んでいたぞ。間に合ってよかった」
――なぜ助けた? そのまま放っておいてくれればよかったのに。
しかしそう口に出すことはできなかった。頭に靄がかかったようで、口がうまく回らない。神経調整されたからか自殺予防検知システムの感度が一段階、上がったのだ。
「………」
こっちも感情的に吐き捨てたいのに、脳のどこかに違和感があり、感謝とか反省の言葉とか前向きなことしか言えなくなっている。 まるで思考を乗っ取られたかのような、完全な制御下。――これは果たして、本当の自分と言えるのだろうか? 自由な言葉さえも奪われた自分は、まるで生きていないのと同じだ。
その後の記憶は曖昧だ。何週間か医療センターで治療と適正化を受けた。連絡が取れない状態が一定時間続けば救難信号が自動的にICチップから送信されるように
「……あれは気象予測を見誤った俺のミスで極限状態に追い込まれたときに起こった、不慮の事故だ」
JJは自殺を企図したのではないと首を振る。果たして本当にそうかはともかく、適正化済のJJには誰に聞かれてもそう答える責務があった。
「あんなヘマは二度としない」
「そう願いたいものだ。せっかく育てたESが欠陥だらけじゃ
オーエンは見え始めた中央都市の遠景に目を凝らした。
「JJ、お前は強い。そうして軍に命を握られていても、もう自分の判断で正しく行動できる。そうだろ」
JJは黙ったままオーエンの言葉を咀嚼した。褒めているのか警告なのか単なる皮肉なのか、判断しかねた。オーエンの目には遠い記憶が浮かんでいるようだった。
「……昔、お前と同じようにバカげたことを試した男がいたんだ。いや、お前とはやや状況が異なるが、そいつも同じように『選択の自由を行使』しようとした。そいつは結果、逝っちまったがな。それからだよ、
「恨んでなんかいない。それがトウヤってヤツ? それ、あんたの同僚?」
「……人の心を勝手に読むな、
「あんたの心から叫び声が勝手に漏れてきたんだよ。うるさいから、聞きたくなくても聞こえちまったの。セッター型の俺に『聞かせる』なんて余程の声量だぜ。そのトウヤって奴もESだったんだろう。あんたの相棒だったのか?」
オーエンは長い沈黙の後、重く頷いたように見えた。ただ明言を避けて詳しくは語らない。JJは彼の引き結んだ唇を見る。簡単には明かせないほど、まだ心に傷を負っていると分かる。きっとその人物は、オーエンにとって大切な存在だったのだろう。
「斎木瑛司の話に戻るが、」
オーエンはJJをちらりと見て本題に移った。
「外傷もないのに昏睡状態に陥っている。ICチップは正常に作動しているが目を覚まさない。何故だと思う?」
「……分からない。どういう状況でそうなったのか、ICチップが本当に作動したのかどうかも。判断材料が少なすぎる」
オーエンは都市防壁に近づくにつれ少し速度を落としながら続けた。
「優秀すぎるほど優秀だった斎木が、自殺防止システムを作動させるような愚を犯すだろうか?」
「あんた、俺に喧嘩売ってんのか……そりゃ俺はシステムをフル作動させた馬鹿だがよ」
「すまん、蒸し返したいわけじゃない。問題はなぜ斎木がそこまでして意識を閉じているのかだ。何かを見たのか、……何を見たのか?」
「俺が呼ばれた理由って、つまり?」
「そういうことだ」
オーエンは頷く。
「お前は一度システムを試してる。斎木はシステムの作動を回避したがゆえに昏睡状態に陥ったのかもしれないし、システムが正常に作動しているからこそ『昏睡』で済んでいるとも言える。JJ、ブレインシンクで斎木がそうなった原因を、突き止めてほしい」
JJは黙り込んだ。そういうことか。軍は瑛司がもしかしたら見つけたのかもしれない「システムの抜け穴」の正体を知りたいのだ。
昏睡によって精神を閉ざしてしまった瑛司と、彼がトップクラスのESであるがゆえに機能停止させたくない陸軍、という構図なのか?
もしかしたら自分は、思ったよりも大ごとに巻き込まれているのかもしれない。
「俺を人体実験のラットに使ってヤツの脳をハッキングするつもりか? いや、瑛司もラットか……」
「ラットなんかじゃない。斎木を救うためだ」
そう言うオーエンを、JJは疑わしげに見た。過去に命を助けられておいて言うのも何だが、瑛司を心から心配しているというよりは、やはり上の命令で動いているのだろうなという気がした。
保全部だか何だか知らないが、オーエンがさほど面識もないであろう「第六世代のエース」に、そこまで深い思い入れがあるとも思えなかった。
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