忘れられた解
鈴埜
第一章 新たなる魔原石
1.忍び寄るフルテク蔦
木の陰から敵を確認する。まるでこちらに気付いていないように、ぴくりともしないが、それに安心してはならない。やつらは音を立てずに忍び寄り、端からひとり、ふたりと削って行くのだ。
イルマはしゃがみ込んで、膝の間に杖を構えた。自分の身長より少し低いくらいの、堅いドゥールス材で作られたその先には、明るく世界を照らす太陽のようなオレンジ色の石がはまっていた。
杖の木肌に指を滑らせながら、低い声で仲間に問う。
「誰がやられたの?」
同じように身を低くし、片膝を立て杖を構えている青年が頷く。
「ロイとレックスだ」
「あいつら、防御の結界のつくりが甘い」
ヒューゴーが舌打ちをしながら同僚の不甲斐なさを責める。
「二重にって言ったのにね」
「薬草園まで戻って、誰か呼んでこよう」
後ろから怯えを含んだ声で提案されるが、イルマはそれを却下する。
「だめよ。先月手を抜いたのがばれるじゃない。私はいなかったからいいけど、あなたたちは間違いなく、一週間の深夜警備に組み込まれるわよ」
青年たちは顔を見合わせ首をすくめた。夜更かしは好きだが、徹夜の警備はたまらない。
「魔法で一気に片をつけないと、また森の奥に移動して逃げられちゃうわ。何かいい方法ない?」
仲間が二人引っ張られていなければ、魔法で無理矢理に攻め込めるのだがと誰もがため息をつく。普段は魔法を禁止されているが、ここまで育ってしまったものを見せれば誰もが納得するだろう。
それも、あくまで捕らえられている同僚がいなければ。
「人は食べないって言うけれど、あんなバカでかくなったんじゃそれもどうかしら」
ふわふわと揺れる金色の髪を指先に巻き付けて、イルマは次案を練る。
彼女の無神経な言葉に、青年たちは複雑な表情で顔を見合わせた。
彼らは全員レグヌス王国宮廷魔法使いの見習いだった。見習いたちは、数年間教育係と呼ばれる
フルテク蔦と呼ばれる植物は、地中の養分だけでは飽きたらず、小動物も取り込んで栄養にする生命力溢れるものだ。地面に根を張っているのだが、危険を察知すると移動する。一度その地に現れれば、根こそぎ消してしまうことはなかなかに難しい。しかも、花を咲かせる段階で他の、特に薬草として育てている種に対して有害な物質を地中にばらまく。定期的に刈り取るしかなくなる。
先月の草むしりの日は、何事も全力で真面目にやるイルマがおらず、彼らは手を抜いたのだろう。フルテク蔦の除草作業は確かに面倒だ。しかも、一ヶ月でここまで生長するとは思ってもみなかった。イルマだってびっくりだ。
うーむ、と唸りながら、ふと上を向く。
考えるよりも先に体が動いた。
「走れっ!」
イルマが叫ぶのと、蔦が木の上から伸びてくるのがほぼ同時だ。
「うああああ!!」
蔦に足を取られ、ヒューゴーの体が宙に浮く。植物とは思えないほどの的確で、素早い動きに驚きよりも恐怖を覚える。
だが、そんなことを思ってばかりではいられない。イルマはすぐに彼を助けるための方程式を組み立て、解く。
「
発動の呪文を唱えると、彼を縛り上げていた蔦が鋭い刃物で切られたようにばらばらと落ちた。もちろん体も落ちるが、彼の周りにあった防御の結界が落下の衝撃を軽減する。
「
別の青年が魔法を使う。ヒューゴーを、みんなの傍まで引っ張った。少々乱暴ではあったが、彼は友人に礼を言う。
「助かった。……前言撤回。あの蔦、少々の防御結界じゃ突破してくるようだぞ」
「なんだか日に日に手強くなって行く気がするわ」
「やっぱり人を呼んでこよう。
こうなっては夜警が嫌だと言っている場合ではないと、誰もがその意見に同意を示したとき、イルマが声を上げた。
「見て、あれ」
ついさっき彼らがいた木を指さす。
そこにはまだ暗い緑色をしたフルテク蔦が、ずるずると木肌を這っていた。まるで蛇のように見えることから、蛇蔦とも呼ばれていた。小動物を食らうところも、ぴったりだ。
「あれ、アーラドリじゃない?」
梢の間から、銀色に緑の差し色があるきれいな翼がちらりと見えた。
「ほんとだ……フルテク蔦が狙ってる」
アーラドリはその羽が薬として使われる、とても希少価値の高い鳥だった。狩猟を禁じられており、自然に落ちた羽を利用する。事故で怪我をしていた場合は保護もする。大切な鳥だった。
イルマは立ち上がると、彼らを振り返る。
「援護して」
「何するんだよ!」
「木に登って巣を丸ごと持って来るわ。魔法を使って退治するとき、もしあの木にまで影響が出たらアーラドリも傷つけてしまう」
「仕方ないだろうこの場合!」
「仕方なくないわ。だって見つけてしまったもの。それでなくても数が減っているんだから」
禁じられているとは言え高値で取引されるものは、残念ながら数が減るのだ。アーラドリも生態調査で希少種として登録されていた。絶滅を危惧されてはいないが、ここ数年でかなり数を減らしている。
「それなら俺が行くよ」
ヒューゴーがそう言って前へ進み出るが、イルマは首を振る。彼女の空色の瞳が彼の右足を捕らえる。
「足首やられてるでしょ? それじゃあ木に登れない」
「だからってお前が行くことないだろう!? 女なんだから――」
言って、しまったと彼は顔を歪めた。
同じくイルマも眉間に皺を寄せている。
透き通るような白い肌と対照的な赤い唇が尖った。
「防御の結界を張るから、私の周りなら多少の魔法攻撃は平気よ! じゃあ、よろしく」
みんなが止めるのを聞かずに彼女は走り出す。
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