全部でいいじゃん
「えっ……!?」
創は目を見開いたまま、言葉を失った。
目の前に浮かんだのは、自分が長年スマホのメモに書きためてきた“妄想チートスキル”の数々。その一つひとつに、懐かしさと誇り、そしてとてつもない魅力が詰まっている。
(どれを……どれを選べばいいんだ……!)
「“異能大全”……“最強スキル群”……“世界観崩壊覚悟の最終奥義リスト”……」
ひとつ選ぼうとすれば、他が惜しくなる。ひとつを捨てようとすれば、心が痛む。
「……うう、決められない……! 自分で作ったのに、どれも捨てがたい……!」
創太は頭を抱えてその場にしゃがみ込み、スマホの画面を睨みながら悶絶していた。
そんな様子を見て、リンネはげんなりした表情で言った。
「……めんどくさ……もう全部持ってけば?」
「は……?」
「だから。創くんのメモにあるスキルぜーんぶあげるってこと。まあチートすぎるってのはちょっと問題だけど、こんなに悩むくらいなら全部でいいじゃん。こっちも処理が早くて楽だし」
リンネが指を鳴らすと、光のパネルが空中に展開された。その中には、創太の妄想から生まれた膨大なスキル群が整然と並んでいる。
そしてその全ての横に「使用可能」と記されたタグが表示された。
創太はその光景を見つめ、頭の中に一瞬だけ“理想の未来”が浮かぶ。
あらゆるスキルを操り、敵を瞬殺し、世界を圧倒する自分。
憧れのキャラたちが、自分の強さに言葉を失い、畏敬のまなざしを向けてくる――。
……だが。
「だめだっ!」
創は勢いよく首を横に振った。
「そんなの、違う……! 最初から全部持ってたら、絶対すぐ飽きる……! 苦戦も成長も、開放の感動もない……!」
リンネはやれやれと首を振りながら、あくび混じりに言った。
「……成長、ねぇ。死んだばっかなのに、欲しがるもんだねぇ、君も」
「俺が見たいのは、“覚醒して強さを手に入れていく無双する”なんだ……! 最初から楽して勝つんじゃなくて、苦しんで、限界を越えて、それで初めて力を得る……そういう展開が最高なんだよ!」
リンネはしばらく沈黙した後、小さく笑った。
「……なるほど。そういうタイプか。じゃあ、こうする?」
そう言ってリンネが指をもう一度鳴らすと、空中に新たなパネルが出現した。
先ほどと同じスキル群が表示されているが――今度はそれぞれの横に「開放条件」が追加されていた。
「スキルは全部、君の中にある。だけど最初から使えるわけじゃない。条件を満たした時にだけ、一つずつ解放されていく。ピンチとかそういうタイミングに連動して」
創は息を呑んだ。
パネルに記された“開放条件”は、まさに“ドラマ”の塊だった。
「――危機的状況・瀕死状態の時」
ただ強くなるだけじゃない。その過程に“物語”がある。
「これ……これだよっ!」
創太は顔を輝かせた。
「天才すぎる……女神様、愛してる!」
「はいはい、惚れられても困るんだけど」
リンネは飄々とした口調で答えながらも、どこか満足そうな笑みを浮かべていた。
「じゃあ、創くんのスキル開放方式は“段階的・ピンチ連動型”に設定っと。あっちの世界で苦しみながら、ちゃんと強くなってね?」
創太は力強くうなずいた。
「うん! これでようやく、“俺の物語”が始められる……!」
*
リンネが軽く手を振ると、周囲の空間が再び揺れ始めた。
「さて、スキルの方は決まったし……あとは転生先の世界、どうする?」
創は即座に答えた。
「もう決めてある! 『オルタナ・コード』に行きたい!」
リンネが目を見開く。
「……ああ、あの世界ね。うん、確かに人気だし、構造も面白い。種族、属性、神話階層、魔導理論、国家バランス……ちゃんと細かく作られてるし」
「俺、あの世界に自分のキャラを妄想で何人も入れてたんだ。設定資料とか、裏ストーリーとか、山ほどある」
「ふふ、いいね。じゃあ、次は、君の転生先での名前はどうする?」
「名前か……」
少し考えてから、俺は答えた。
「創は残したいからな……よし、久遠創太(くおん・そうた)にするよ!」
リンネは満足そうに頷き、手をひらりと振る。
「了解。じゃあ、君は久遠創太として『オルタナ・コード』の世界に転生するわけね。行ってらっしゃい!」
リンネはにやっと笑いながら、指先で空をなぞる。すると、その軌跡に沿って空間が亀裂のように割れていき、向こう側に“異世界”の景色が垣間見えた。
蒼い空、そびえ立つ魔導塔、走る魔獣、そして剣と魔法が共存する幻想の大地――
「このゲートをくぐれば、『オルタナ・コード』に転生。名前は久遠 創太で登録済み。年齢は十五、出身地は辺境の孤児院。スキルはピンチ時連動解放。種族はヒューマン、初期能力値は平均以下。大丈夫?」
「上等だよ。それがいい。俺は最底辺から始めて、そこから這い上がってみせる」
リンネはふっと笑い、瞳を細める。
「……じゃあ、最後に確認。目的は?」
創太は即答した。
「俺の物語を、自分の手で、書くために」
リンネが満足そうにうなずいた。
「――了解。久遠 創太、転生手続き完了。あなたの物語が、今ここから始まる」
そして、光のゲートが開ききる。
まばゆい閃光が創太の身体を包み込み、重力のような感覚が全身を引き寄せた。
「行ってらっしゃい、創くん。いや……久遠 創太くん」
その声を最後に、視界が白に染まり、音が遠のいていく――
*
次の瞬間。
草の匂いと、遠くで鳴く鳥の声。
地面の感触と、体の重み。そして、風。
「……ここが……異世界……?」
創太は、転生したばかりの“新しい体”で、初めて目を開いた。
その瞳に映るのは、彼が何度も夢に描いた、あの世界。
『オルタナ・コード』
チートスキルを一つも持たない、ただの少年が――
世界を揺るがす“英雄”となる物語が、今、始まる。
女神にチート設定メモを見られた上、転生特典を選ぶのに「全部でいいじゃん」と言われた件 マイペースライター @byakuya108
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