夜の届かない場所

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夜の届かない場所


午後9時、玲は仕事を終えて、いつものように歩道を歩いていた。

歩きながら、心の中で何度も「帰る場所」が思い浮かんでは消えていく。

ここ数週間、何もかもが空回りしているような気がしていた。

あの日から――突然、何もかもが変わってしまったような気がして。


そのとき、ふと目に留まったのが、見慣れない小さな喫茶店だった。

店の看板には**「夜の届かない場所」**と書かれている。

薄明かりが漏れる窓から、静かな空気が漂っているように感じた。


玲は足を踏み入れる。店内には、柔らかな灯りと共に、ひとりの男性が静かに座っていた。

彼は、何も言わずに笑顔で迎えてくれた。


「いらっしゃい。」


玲はカウンターに座り、メニューを開く。


「今夜は、どんな心の重さをお持ちですか?」

店主が静かに尋ねる。


玲は少し驚いたが、心の中の不安や後悔が溢れてきて、自然と口にした。


「…どうしても、あの人に言えなかったことがあるんです。」

「ずっと伝えられずに、心の中で閉じ込めてしまって。」


店主は黙って頷き、静かに一杯の飲み物を差し出す。

「月の涙」と書かれたカップは、ほんのり青く光っていた。


玲はそのカップを手に取り、一口飲む。

冷たく、少し苦味があるような味が広がったが、心の中で少し、空気が軽くなるのを感じた。


「あなたの気持ちは、決して無駄にはならないよ。」

店主がゆっくりと語りかける。「そして、失ったものだけが全てじゃない。言えなかったことも、あなたの一部として残り、いつか新しい言葉として、違う形で出てくることがある。」


その言葉に、玲の胸の中で何かが少しずつほぐれていくのを感じた。

後悔だけではなく、きっと今度は前に進むための何かが、心の中に芽生えた気がした。


「ありがとう。」玲は思わず小さく呟いた。


店主は穏やかに笑って言った。「これから、あなたにとって大切な“言葉”がまた見つかりますよ。すぐにではなくても、それは必ず来ます。」


玲が店を出ると、外の空気はすっかり冷えていた。

けれど、心の中に温かさが残っている。

そして、いつの間にか空には満月が静かに浮かんでいた。


その夜、玲は初めて、眠れない自分を少しだけ許すことができた。

もしかしたら、明日はもっと軽やかに歩けるかもしれない。

ほんの少しの希望を胸に、玲は静かな夜の街を歩き続けた。

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夜の届かない場所 sui @uni003

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