第2話 (2)
※本作においてこれより先、前項にて登場した『三毛猫ホームズの第6作目』についての呼称を特別な場合を除いて『第6巻』と記す。
よって読者諸君においては『第6巻』と表記されていた場合それを『三毛猫ホームズの第6作目』のことを指していると捉えてもらって差し支えない。
4
尚子は消えてしまっている第6巻のあるであろうあたりを見つめながら少し悩んでこう言った。
「待ってよ。奈美ちゃんは第6巻を読み飛ばしたんだよね?」
うん、と奈美は答える。尚子は続ける。
「ってことはよ、貸し出しカードはどうなってるんだろう。」
この図書室における貸し出しカードのルールを読者諸君にはここで開示しておこう。それは以下の通りである。
貸し出しカードは各本ごとに1枚あり表3(裏表紙の裏)に貼り付けてある封筒の中に収まっている。
貸し出しカードの記載内容はその本のタイトル、著者、それと学校側で決めた管理ナンバー、借りた者の名前と貸与時に所属しているクラス、そして借りた日付と返した日付である。
まず本を借りたいと思った者はその本から貸し出しカードを取り出す。そこに自分の名前と所属しているクラスを書く。そうした後その貸し出しカードカードを持って図書委員のいる受付に対象の本を借りたい旨をつたえ貸し出しカードを渡す。エンドユーザー側の手順はここまでである。図書委員は受け取った貸し出しカードの貸し出し日にその日の日付を記載する。その後管理用の端末にそれらの情報を入力する。
返却時はエンドユーザー側は本を図書委員に返却。図書委員は本の名前や管理ナンバーを端末検索し返却日を入力する。同時に貸し出しカードにも返却日を記載し表3の封筒に戻し、本を元の本棚に戻すといった手順である。
3人はとりあえず図書委員の使う端末に集まった。古い端末である。完全に独立している端末でこの図書室のデータはすべてこの中に入っていた(定期的に担当教師がバックアップを取っているがクラウド等を接続しない理由は生徒によるイタズラ防止である)。奈美はひとまず第6巻の情報をタイトルから検索する。
「貸し出し履歴はなしね。誰も借りたことないみたい」と奈美。尚子は顎に手を添えて言う。
「ってことはよ?考えられるのは2つのパターンね。一つはその本は元々なかった。これはこの端末にデータがあるからなさそうよね。もう一つは借りていった人が返却してないパターン。その場合は探すのは簡単だと思う。例えば奈美ちゃんみたいに第6巻を飛ばした人はその前後の本には貸し出し履歴が付くんでしょ?じゃあその第6巻を読まずに止めた人が怪しいんじゃないの?」
尚子はふふんと鼻を鳴らした。聞いていた奈美がため息をつく。
「単に続きがないから辞めただけじゃないの…?それに端末に貸し出し履歴がないなら盗んだって説もでてくるんじゃないの?って…ちょっと待って…なにこれ。」
そういうと奈美は端末の画面を指差した。あてが外れた尚子はぶーといいながら画面をみる。
「ここ見て、管理ナンバー。『0723』ってなってるでしょ?これおかしいの。実際管理ナンバーは上1桁が本の種別、下3桁が個別コードになってるの。だからこの場合は種別0の723番の本ってことなの。でね、種別は0から9とAからFに別れてるんだけど、この種別0ってのは辞典と図鑑、地図の分類なの。種別コードがおかしい。」
「ってことは辞典723番目の本ってこと?そんなにあるの…?」
「ちがう。これはあくまで欠番となったとこに新書を割り振ってるだけなの。だから必ずしも連番とは限らない。シリーズだと連番にするけど。この個別コードの順に本棚に戻すってなってるから。」
フムンと尚子。
「とりあえずじゃあ0番の本棚探してみようか!」
尚子がそういうと奈美はうんと言ったが真央は対照的にどこか上の空だった。
5
尚子と奈美が種別コード0の棚を探していると最中。真央は第6巻ではない何を探しながら考え耽っていた。
第6巻はたしかにシリーズの棚に順番通りに置いてある。これは間違いない。だが他の二人には見えていない様子である。だが先程試したのだが見えている真央にも触ることは出来なかった。他の二人には話すべきだろうか…?いや。辞めておいた方がいいだろう。現に今問題となっているのは『本がこの部屋から1冊消えている』だけだからだ。何もこの世から消えてなくなったわけではない。触らぬ神に祟りなしという言葉もある。世の中には、とりわけ霊的な事象の中には解決しないほうが良い事もあるのだ。二人にこの話をすると興味本位で解決しようとするだろう。これはよくない。では、止めるべきか?これもよくない、と思われる。今は被害の程度や背景がしっかり見えていない。解決するべきか否かを調べる意味でも二人に調べさせるのはいい手かも知れない。少なくとも、霊的な事象と知らずに同じように調べようとする人が今後現れる可能性は十分ある。その場合の危険性については、知る必要がある。
「真央ちゃーん、そっちあったー?」と奈美が聞いてくる。
真央は首を左右に振ると再び本棚に目線を戻した。
探すのは第6巻ではない。だが管理ナンバーが変えられているのには何かを意図を感じる。少なくとも何かあるのだ。種別コード0の棚には注意を払う必要がある。仮に除霊が必要だとして、それには対象となる魂への理解が必要なのだ。魂の気持ちを無視した除霊は危険であることは真央は十分承知していた。だがいくら探しても不可解な点は見つからなかった。真央は他の二人がチェックしたところまで入念に見直したが結果は同様であった。
と、ここで図書室のドアが開いた。入ってきたのは委員会担当の教員、井上吾郎だった。3人はとりあえず探すのを辞め井上に近付いた。
「順調かな。いや、実は何度か窓から覗かせて貰っていた。どうにも来客もなさそうなのでつい任せきりにしてしまった。時間を見なさい。来客はあったかな?」
時計を見るとすでに11時半を少し回っていた。夏休み中の営業時間は朝10時から11時半までである。
「誰も来なかったです。今日はもう終わりかな。片付けが済んでいないので終わったら鍵を閉めますね。」と奈美。
井上はにっこり笑うと
「施錠は行わなくて結構。先生が閉める。それは先生の仕事だからね。確認しなきゃいけないこともあるからな。片付けが終わったら職員室に来なさい。コーヒーを淹れてあげよう。…どうかしたのかな飯島さん?」
ふと尚子が図書室の奥の方を覗き込むように見ていた。
「いや…今誰かがいた気がして…。」
尚子がそう言うので奈美と真央は本棚の裏を探しに言ったが誰もそこには居なかった。
誰もいないよーと奈美が言うと井上は探すのを辞めるように言って続けた。
「もういいじゃないか。気のせいだろう。片付けを続けなさい。先生は先に行って待っているよ。」
職員室はコーヒーのいい匂いがした。机の上を片付けて砂糖たっぷりのコーヒーが4カップおいてある。普段はくつろげる空間ではないのでこういうときの職員室は特別な気がした。コーヒーを口に運びながら井上はいう。
「もう何年もこの役をやっているが、正直夏休みに出てこなくてはいけないのは辛い。でもこの時間が好きだから続けているようなもんだな。コーヒーは苦手かな。」
「私は苦手…にっがい。でも先生のコーヒーは甘いね。尚子ちゃんは?」と奈美。
「大人の味って感じ…。」
「私はヘーキ。ブラックが好き。」
そういうと真央はコーヒーを啜って、でもたまには甘いのもいいですねと付け足した。
「そうか。はは。まあ先生の趣味に付き合わせてすまないね。」
それを聞くと奈美は顔の前で手をぶんぶん振った。
「全然。楽しいです!先生はずっと先生なんですか?」
「ん。ああ。図書委員の、ということかな?そうだね、もう10年にもなるかな。大変なこともあったけど。楽しいよ。」
井上は目をつぶって何かを思い返していた。
「そういえば一冊行方不明の本があるんです。」
「ほう。というと?」
「貸し出し履歴がないのに本棚にないんです。」
「別の本棚に混ざったのかな?あるいは勝手に持ち出しちゃったという可能性もあるね。」
「『三毛猫ホームズの第6巻』なんですけど。」
奈美の話を聞いていた井上は、自分の顔色を悟られまいと必死であった。
6
小坂は今日の担当図書委員が帰ってしまってもまだ図書室にいた。ふと時計を見るとお昼の12時を回っていたので彼はしまったと思った。つい集中して読みふけっていた。小坂は急いで図書室の鍵を閉めると鍵をズボンのポケットにいれ職員室に急いだ。職員室では井上が何かを書類をまとめているようであったが小阪の姿を認めると手を止めた。
「遅かったね、小阪くん。これ以上遅れるようなら呼び出そうとしていたよ。」
「すみません、つい読み耽ってしまいました。本当は借りて帰りたいくらいですがまだ管理ナンバーもつけてないんです。」
「それはいい。君は今日はお客さん、だろう?」
「2日後、7月の25日は僕が担当です。そのとき割り振っておきます。コーヒーの匂いがしますね。カフェイン中毒になりますよ?」
「さっきまで今日の担当の子と飲んでいたんだ。そうだな。カフェイン中毒か。気をつけよう。それと、糖尿病。」
「そうなさったほうがいいでしょう。ではまた明後日来ます。今日はありがとうございました。」
「いい。そうし給え。」
「では、失礼します。」
井上は小阪が帰って一人になったので食事前に昼の見回りでもしようかしらんと立ち上がった。職員室の出入り口のところには各部屋の鍵が壁掛けしてある。そこまで井上が行ったとき彼はそこで図書室の鍵が無いことに気が付いた。
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