コラム ――子狐の雨――
八月九日、琥珀はこの地で静かに息を引き取りました。
生前最後に発表された詩「子狐のご挨拶」にちなみ、忌日は「子狐忌」と名付けられました。
記念館から歩いて十五分ほどの場所に祥と共に眠っています。
二人が愛した向日葵の花や琥珀の名前に縁があることから琥珀糖などが供えられます。
琥珀の命日には不思議なことが起きます。
晴れているのに雨が降るのです。
八月九日の朝、記念館と稲荷神社を含むこの周辺で雨が降ることが多いです。
時々、夕方、まれに前後の日に雨が降ることもあります。
いずれの場合でも、天気雨であることが共通しています。
<主人が亡くなって一年。朝一番にお墓のお掃除と挨拶をしようと思いましたが、晴れてはいるのに雨。狐の嫁入りかと。
とても優しい雨でした。音もないような、弱い雨。朝日を受けて、金色にも、銀色にも見える不思議な雨でした。名残惜しそうなその雨は細い細い糸のよう。窓から手を外へ伸ばすと、不思議と濡れないのです。雨が肌に触れた感触はあるのですが、濡れた跡がない。触れた瞬間は人肌ぐらいの温度を感じますが、すぐにひんやりと冷える。本当に不思議な雨。
支度をして、外に出る頃には雨は止んでいました。雲がぽつりぽつりと泳いでいる空模様は先ほどまで雨が降っていたとは思えないものでした。
お墓に着くと、向日葵が一輪供えられていました。お墓の周りは雨に濡れていましたが、向日葵は濡れていませんでした。
あ、とお墓の後ろからゲンが顔を出しました。手拭いでお墓を綺麗に拭いてくれたようです。
ゲンに雨が降ったね、と言うと、うん、と。不思議な雨ね、濡れなかった? と訊けば、ふふふ、といたずらっ子の笑みを浮かべていました。>
(祥の日記より)
<琥珀さんと祥さんのお墓へ行った。身支度をしていると天気雨が。どう見ても雲のないところから雨が降っていた。朝の光を受けて琥珀色にも、銀色にも見える不思議な雨。琥志朗君が今年もだと言った。確かに、去年もそうだった気がするし、一昨年も。いや、琥珀さんの命日の朝は決まって雨だった気がする。不思議だと話しながら傘を手に外へ出た。少し歩いたところで、雨は止んだ。十分も降っていなかったと思う。
お墓に着くとすぐに目に入ったのは向日葵。お二人が好きな向日葵の花が二輪供えられていた。誰かが供えてくれたのだろうと琥志朗君と話しながらお墓に手を合わせた。雨上がりなのに、不思議とさっぱりとしたにおいがした。>
(虎太郎の日記より)
なぜ、琥珀の命日の朝に天気雨が降ることが多いのか。
なぜ、記念館、神社周辺で降るのか。
これらの理由はわかっていません。
この現象が現在まで続いているという点もまた不思議なことです。
琥珀の命日に降る天気雨。
この地では彼の忌日にちなんで「子狐の雨」と呼んでいます。
先ほどもご紹介しましたとおり、琥珀と祥の墓は当館より徒歩十五分ほどの場所にあります。
詳しい場所につきましては、以下の地図やパンフレット、案内板をご覧いただくか、当館スタッフまでお声がけください。
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