桃源郷事件
Ⅰ
花、花、花と鮮やかに
絢爛豪華な眩い道
花、花、花と薫る
かぐわしい甘い道
ひら、ひら、ひらと踊る
散った先は踏みつけられる道
ひら、ひら、ひらと乱れる
塵と果てた夢の道
選ぶべき道はいずれか
Ⅱ
先も後も霞の道
身から出た錆も
叩いて出た埃も
全てを覆い隠さんとする
一等の絹で汚泥を消そうとする
それを認めぬと歩を進め
五等の星より弱い光を目指す
針の穴の光の先
隔絶の世界がそこにある
清廉な地にて悩み少なく
平穏の中安らかに
時にささやかな欲を叶え
身の内を潤す
手の内に収まるほどの幸いを
時に抱えきれんほどの喜びを
それを望ませてはくれまいか
おわかりいただけますか
Ⅲ
さあ、皆立ち上がれ!
暗雲立つ空に弾丸を
さあ、皆歩を進め!
暗夜の道に灯火を
さあ、皆声を張れ!
豪奢な室に千の雀の声を
お高いところにおわします
貴様らに頼ることはもう終い
腐り切った政と
おさらばさせていただきたい
桃源郷への標は我らの手の中に!
桃源郷への標を逃すな!
(「桃源郷」草稿より)
「先行き」が発表された頃、政治家たちの不祥事が続出。政治家たちの不祥事はもみ消され、国民からは疑惑の目が向けられ、世情が不安定になる。
「先行き」の発表取消の圧力を受けたこともあり、琥珀は「桃源郷」を発表。三部構成となっており、第一部は当時の琥珀の詩では珍しくしおらしくなっているが、第二部、第三部にて雰囲気が大きく変わり、政治を批判するような内容となる。なお、発表時、第三部の「お高いところにおわします」から「おさらばさせていただきたい」は削除される。
発表後、各地で反響を生むが、世相を混乱させたとして琥珀は身柄を拘束されることとなる。その対応に各地で若者たちを中心とした暴動が起きる。
鷹峰らの尽力により琥珀は二週間ほどで釈放されるも、それから三日後に◇◇大学にて暴動が発生。また、琥珀が拘置されていた拘置所が襲撃される。拘置所襲撃の間に◇◇大学が占拠される。以降、鎮圧されるまで◇◇大学が拠点となり、各地から若者が集まり、「桃花の集い」と称して政治運動が行われる。
一方、琥珀は拘置所での尋問による心労で体調を崩す。鷹峰らの計らいで入院するが、琥珀の体調が悪化。その情報が危篤と桃花の集いへ誤って伝わり暴動が激化。これを憂いた鷹峰らは琥珀の安否の声明を出すも、若者たちは聞き入れることはなかった。
そして、大学が占拠されてから約一ヶ月後、当初より暴動は落ち着き、睨み合い状態となっていた。鷹峰らは再度琥珀の安否の声明を発表する。
鷹峰らの声明発表から二日後、鎮圧部隊の偵察に出た桃花の集いの青年が射殺される。青年が武器を所持しており、正当防衛による発砲とのことだが、青年は武器を所持していなかった。これにより、桃花の集いが鎮圧部隊へ奇襲をかける。
しかし、戦力差に敵うことなく、死者四名、負傷者四十九名を出した桃花の集いは鎮圧される。鎮圧後、大学は解放。
鎮圧から五日ほど経ち、琥珀の症状が回復。現状を知った琥珀は声明を発表する。
<憂いを晴らしたいと思った。少しでも世の中を変えようと、そう考えてもらうきっかけになればとあの詩を出しました。犠牲なくして改革はならないとわかっていますが、こんなにも多くの犠牲を払わなければ変わることができないなど、あってはならないことです。(中略)命を奪う弾丸が飛び交うことのない世界が私の願いです。私の理想が、詩が、弾丸を生み出す機械であるのなら、私は詩から、文芸の世界から去ります。>(■■新聞「桃花の集いへの灯」)
以降、琥珀は文壇から離れる。この一連の事件は「桃源郷事件」と称されることとなる。
琥珀は声明を発表後、間もなく帰郷。家業を継いだ竜大の手伝いとして、経営に携わる。以降、琥珀は△△の地に移るまで詩を作ることもなくなる。
<弟はよく働いてくれました。こちらが心配になるぐらい、自棄になっているようにも見えました。そのままでは倒れてしまうと私が言うも、働かせてくれの一点張り。あの子は嫌なことがあると、それを忘れようとするかのようにがむしゃらになることがありました。まさに、そんな状況。>(竜大「琥珀のこと」)
<事件以降、主人は詩を忘れようとするかのように、実家の経営に携わるようになりました。詩人の主人なら、詩のいい題材になるだろうと思うような事柄があっても、まるで目を背けるように、耳を塞ぐように、全ての五感を閉ざすようになってしまいました。それがとても悲しい。>(祥「主人と事件」)
<私は守ることができなかった。一人の詩人を、その詩人が作った詩も。彼が世に送り出した詩集は出版社や書店から消え、処分されてしまった。残ったものは個人が所有する本と記憶のみ。人によっては残されたそれらすらも疎ましく思うのだろう。彼自身を憎らしく思う者もいるだろう。
(中略)
文芸はプロパガンダに用いられかねない。だから、出版を、言論の自由を、物書きを守り、支援したいと思って出版社を作った。彼が反旗を翻したと思われるような詩を作ったことは否定しないが、逆にその旗を利用されたようにも見えてしまった。彼もそれがわかったのではないか。
だから、彼は去ることを選んだ。もちろん、数多の犠牲に報いるためもあると思う。
私は追い詰められ、立ち去る詩人を見送るしかできなかった。役立たずのこの身を生涯恨む。>(鷹峰『ある詩人の社会的な死』)
<僕は何もできなかった。鷹峰さんたちに手を貸すこともできず、琥珀さんにまともに挨拶もできず、故郷へ帰る背を見送るしかできなかった。コタちゃんに悪い影響がないといいのだけど、と気遣ってくださった。琥珀さんのおかげで物書きだけで生活できるようになってきた。僕が物書きとして進んでこられたのはあの人が道を照らしてくれたから。大衆の目を僕へ向けてくれたから。ちゃんと恩返しをしようと決めていたのに、恩を返さないといけないときなのに、僕は何もできなかった。>(虎太郎「琥珀さんを見送る」)
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